今日の長門有希SS

「はぁ」
 ドアを開けて部屋に入る。急に寒くなってきた外気から逃れ、俺は安堵の溜息をついた。
 暖房が付いているわけではないので部屋もそれほど暖かいわけじゃないが、風に吹かれていた外とは大違いだ。人間には衣食住が必要と言われているが、雨風をしのげる住居は間違いなく必要だと実感できる。もちろん残りの二つも重要だが。
「お茶を飲む?」
「そうだな。頼んでいいか?」
「任せて」
 まず、体の中から温まりたい。長門の提案を断る理由はない。かと言って長門だけに任せるのも悪い。何か手伝おうと俺もキッチンについていく。
「ちょっと待て、お茶って麦茶なのか」
「……」
 冷蔵庫の取っ手を掴んだまま、長門が振り返る。
「違う」
 そうだよな。いくらなんでも麦茶はないよな。冷蔵庫にお茶菓子でも入っているのだろうか。
「水出しで紅茶を作っている」
「お湯で出すやつにしてくれよ」
「好みではない?」
 表情は普段通りだが、なんとなくしょげているように俺には見えた。
「味自体は嫌いじゃないぞ。渋みが少ないからお湯で出した奴より飲みやすいしな」
「そう」
「いや、だからって今は勘弁してくれ。体が温まってからならいくらでも飲んでやるから」
「わかった」
 と言うと、ようやく長門は冷蔵庫から離れヤカンを火にかけた。
 お湯が沸くまでの間に部屋着にでも着替えようと思ったが、この寒さの中着替えるのは厳しい。俺は椅子に座って長門の後ろ姿を見ていた。
「ところで、お前は寒くなかったのか?」
「あまり」
 長門は暑さ寒さを感じていないわけじゃないが、普通の奴より耐性が強い。女子の制服はスカートなので脚を露出することになるわけだが、ストッキングなどはあまり履かない。仮にそれを身につける時は、防寒のためではなく俺の喜びを増すためであることが多いのだが、それはまた別のお話だ。
「今度から寒い日はシャツを重ね着するかね」
「それは推奨できない。全身を温めるためには、上半身よりも下半身を重点的に温める方が効果的」
「へえ」
 長門の説明によると、人体の構造や血流の関係で上半身ばかり温めて下半身をおろそかにするのは冷え性の対策としては逆効果だそうだ。制服が指定だから下だけ暖かいズボンに替えることなどはできないが、シャツを重ね着するくらいならタイツでも履いた方が効果的とのことだ。
「じゃあ、女子の制服ってのは冷え性にはよくないな」
 日本全国、制服のある学校に通う女子中高生は皆スカートをはいている。スカートの下にジャージを身につけるスタイルはいただけないが、体のためには仕方がないのだろうか。
 もちろんスカートの下のジャージは見た目的にアウトであることを俺は強く主張しておく。タイツならばいい。出来れば黒。
「ま、大丈夫だとは思うが長門も気を付けろよ。体を冷やすのはあまりよろしくない」
「対策はしている」
 言われて足下に目をやるが、スカートの下は生足にしか見えない。もしや、通常では見えないような素材のタイツでも身に付けているとでもいうのか?
「違う」
 沸いたお湯でお茶を淹れ、俺の目の前に湯飲みを置きながら隣に座る。
「じゃあ、どんな対策をしているんだ?」
「上半身を薄着にすることで、相対的に下半身を厚着にする」
 言いながら長門は制服の胸元の部分に指を引っかけ、俺にその中を見せる。
「なるほどな」
 それで俺は納得した。制服の下には、シャツはおろか下着すらなかったからだ。


 それからしばらく経って、体が温まって喉が渇いた俺に長門は水出し紅茶を勧めてくるのであった。