今日の長門有希SS

 似たようなタイプの店に通っていると同じような法則があることに気が付く。特に食料品売り場が顕著で、店に入ってまず目にするのは果物や野菜などのコーナー、続いて肉や魚、続いて加工品が並んで最後に弁当や総菜という流れが一般的だ。ショッピングセンターではその食料品売り場が一階にあって、その他の階を服屋や本屋などの専門店街が占めていることが多い。
 大きく位置関係を把握しているだけでも買い物はしやすくなるが、特定の店に通っているとどこに何があるのか大まかに把握することができる。頻繁に利用する店だけでなく、普段入らない店でも、もし必要になれば「あのあたりにあったような」と思い出すこともできるだろう。
 通い慣れて店の構造を把握しているが故によくわからなくなる場所もある。長門と来ることが多いから女性向けの店に入ることだってあるが、もう少し年輩向けの服屋などには用がない。子供向けの店も同様で、そういった自分にとって不必要な店が密集するエリアに足を運ぶことはなくなる。必要な店の間などにあれば話は別だが、そうでなければ最初の数回以外全く通過することのなくなった場所なども存在するようになる。
 だが、何事にも例外は存在する。


「ん」
 休日のショッピングセンター。わずかながら手を強く握られるような感触があって振り向くと、長門が俺の方に顔を向けていた。
「どうかしたか?」
 長門の顔はいつも通りの無表情だが、俺には何か言いたいことがあるとわかっていた。
「お手洗い」
「ああ」
 基本的に用を足すだけの男と違い、女性の場合は手洗いに行くタイミングが多くなる。ノーメイクの長門には化粧を直す必要がないが、性別が違うといろいろと事情があるものだ。
「排泄」
「そうかい」
「小さい方」
「そこまで言わなくていい」
「大きい方の可能性を考慮されるより、明言してしまった方が気分的に楽」
「わかったよ。小さい方をしたいんだな」
「そう」
 満足したように首を縦に振った。
 妙なこだわりがあるらしいが、別に長門がトイレで何をしていようが問題はない。一昔前ののように「アイドルはトイレに行かない」といった幻想を抱くような時代でもない。
 見たところそれほど切羽詰まっているようではないが、見回してみると少し離れたところにトイレのマークが書かれた看板がぶら下がっていた。
 婦人服売り場を抜けた先にあるが、こういうことでもなければあまり通ることはない。
「じゃあ行くぞ」
「お願い」
 手を握ったまま方向転換をする。長門より年齢層の高い女性を対象にしている店ばかりで、俺たちには縁のないエリアだ。俺たち高校生の男女が通るには少々場違いに思えるが長門は特に気にした風もない。
 看板の下に到着して矢印の先を見ると、これまた少し離れた位置にトイレの方向を示す看板が吊されていた。
「またか」
 もう少し歩かねばならないらしい。
 婦人服売り場の先には子供服のコーナーがあった。こちらも俺たちには縁がない。
長門、すごいのがあるぞ」
 俺が指を指したのは子供向けの部屋着か寝間着だが、怪獣や動物の着ぐるみになっているものだった。上下つながっているようで、構造的にかなり熱が籠もりそうだ。
「買う?」
「必要ないだろ」
 長門はどちらかというと小柄な方だが、それでもあの着ぐるみは小さすぎる。せいぜい小学校低学年くらいを対象にしたようなもので、俺の妹にだって厳しそうだ。
「必要ない」
 続いて長門は腹部に手を当ててぼそりと口にした。
「今は」
 何の話だ。


 また看板の下に到着する。矢印の先にはまた看板が吊されているのが見えた。
「ちょっと待てよ」
 最初にいた位置からまず左に曲がって歩き、そこから二度ほど右に折れ、先に見える看板は左を向いている。
「いや、まだ決めつけるのは早い」
 少々小走りになるが、長門は遅れずに着いて来ている。
 やがて看板の下、トイレの前に到着する。
「ああ」
 俺は脱力してしまった。最初に看板を見つけたところから真っ直ぐ進んでいればここに到着していた。俺たちは無意味に回ってきたことがわかった。
「意図的にわたしに我慢を強いていると思っていた」
 どんなプレイだよ。
 それはそれとして、遠回りを経てトイレに到着した。携帯を操作しながら待っていると、戻ってきた長門の様子が少し妙だった。
「何かあったか?」
「訂正することがある」
 頭を伏せたまま長門が続ける。
「大きい方になった」
「どうでもいい」