今日の長門有希SS

 週末になると、俺たちSOS団は街に出る。ハルヒの作ったクジで二組に分かれ、不思議なものを探し出すためだ。それは不思議な出来事や生命体、はたまた物体のいずれかでもいいのだが、未だかつてそれを見つけたことはない。
 不思議な存在なんてものは身近にゴロゴロしているが、ハルヒはそのことを知らない。宇宙人、未来人、超能力者のそれぞれがハルヒに気づかせないようにしているし、その他の不思議な何かがそのあたりに転がっていたとしても、誰かがハルヒをそれから遠ざけようとするだろう。
「考え事ですか?」
 いつもその役目を果たしている、ニヤケた超能力者が俺を見ていた。
 今回は古泉と二人だ。ちょうど男女二組に分かれるような形になっている。
「大したことじゃない」
「そうですか。てっきり何か、懸念すべき事態があったのかと思いまして」
「そんなんじゃない」
 こいつと二人で歩いていること自体はあまり喜ばしいと言えない。無駄に顔がいい古泉と二人だと、明らかに俺が引き立て役になる。ま、そのことを本人に告げても仕方はないが。
「おや」
 古泉が小さく声を漏らす。
「どうした、何か不思議なものでも見つけたか?」
 もし通常ではない何かを発見してしまえば、それこそ懸念すべき事態だ。ハルヒにさえ見せなければ問題はないが。
「いえ、不思議なものや出来事を見つけたわけではありません」
「じゃあなんだ?」
「あなたのご友人です」
 古泉の視線の先に目を向けると、そこには見慣れた奴がいた。人通りの多い道をうろちょろと走り回り、道行く人に話しかけては肩を落としている。
「お、キョンじゃねえか」
 巻き込まれるのも厄介なので姿をくらまそうかと思った矢先、俺たちに気がついてこちらに向かってきた。
「よう、男二人でどうした? お前、いくら女にモテないからって……」
「今日はSOS団の用事だ」
 そうでなければ、好きこのんで古泉と二人でぶらつくことなんてない。余程暇なら話は別だが。
「そうかい。お前も大変だな」
 谷口はそう言って、心底同情しているような暖かい目を俺に向ける。何を探しているのかは知らないだろうが、ハルヒの命令で不毛な時間を過ごしているということだけは理解しているらしい。
「お前こそ何をやってるんだ」
「まだ見ぬ未来の恋人に、今日一日楽しい時間を提供してやろうってわけよ」
 そうかい。まあがんばれ。
「ちょっと待て」
 横をすり抜けて立ち去りかけた俺たちを谷口は片手で制する。
「今日はお前ら二人なのか」
「ま、昼まではそうなるな」
「じゃあちょっと付き合ってくんねえか? ナンパは一人より三人くらいの方が成功しやすいんだ」
 言いながら谷口は古泉を横目で見る。人数の問題というより、古泉を客寄せパンダにしようって魂胆なんだろう。
「どうする?」
「僕はかまいませんよ」
 ま、どうせ本気で不思議なもんなんて探そうと思っちゃいないしな。集合時間まで二人でいるよりは時間がつぶれるかも知れない。
「よし、それじゃその辺で立っててくれ。俺が見本を見せてやる」
 そういうと谷口は俺たちから離れ、歩いている大学生くらいの女性に声をかける。俺たちの方を手で示して何やら会話していたようだが、肩を落として戻ってきた。
「どうだったんだ?」
「友達も呼んで三対三でどっかに行こうって声をかけたんだが、あいにく二人も呼べないってよ。向こうの彼と二人で遊ぶならいいって言ってたが」
「そうか、そいつは照れるな」
「お前じゃねえよ」
 その後も谷口は片っ端から声をかけるが、案の定の結果が続く。
「もうそろそろいいか? 集合時間が近い」
 冷静に考えてみると、ここで谷口のナンパが成功してしまうと問題がある。俺と古泉は昼には戻って、またグループ分けをして別の場所に行かなければいけないのだ。
「いや、あとちょっとだ。もう少しでうまくいきそうな気がするんだ」
 どこにその根拠があるかわからんが、ここまでダメだったのにそう上手く行くとは思えないな。
「ちょっとよろしいですか?」
 と、今まで黙っていた古泉が口を挟んでくる。
「なんだ」
「一緒に遊べそうな女性に心当たりがあるのですが、僕の方で連絡してもよろしいですか?」
「な――」
 谷口が絶句する。
「そういうことなら早く言ってくれよ。ええと、顔はいいんだろうな」
「僕が保証します」
「じゃあすぐにでも呼んでくれ、今日のデート代くらいは俺が持ってやる」
「そうですか。それでは少々、お待ちいただけますか?」


 それから数分後のことである。
「なに、今日はあんたがあたしたちを楽しませてくれるって?」
 そこに現れたのは、ハルヒ長門と朝比奈さんの姿だった。
「聞いたわよ、お金も全部出してくれるって。あんたにしては太っ腹じゃない」
 ハルヒが乗り気になっている以上、逃れられないのはわかっているんだろう。谷口はがっくりと肩を落として溜息をついている。
 俺としては、昼食代を払わなくてよくなったから問題ない。
「……」
「どうした、長門
「ナンパをしていたと聞いた」
「谷口に付き合っていただけだ。本気じゃないさ」
「もし、成功していたら?」
 そもそも谷口が成功するなんて思っちゃいない。想定していなかった。
「あなたは他の女性とデートしていた?」
 昼には集合することが決まっていたし、現実的にはあり得ない状況なのだが、それで長門は納得してくれない。
 その日の午後は、上機嫌のハルヒとは対照的な長門の機嫌をとり続けることになるのだった。