今日の長門有希SS

 前回の続きです。


 注文を終え、テストのことや教師の悪口などいかにも高校生らしい会話をしているうち、先ほどの女性店員が大皿を持ってきた。注文してからまだそれほど時間はかかっていないが、中華料理はそれほど時間がかからないものである。
「チャーハンよ」
 大きめの深皿に盛られたチャーハンにはレンゲが添えられていて、俺たちはテーブルにあった取り皿に分ける。
「でかいな」
「そうね」
 ハルヒが素直にそう返す。普通の店なら大盛り以上のサイズなのは間違いない。
「ねえ、もしかして大盛りの店なの?」
「かもな」
 世の中には、通常の料金かそれほど高くない金額でかなりの量を出す店が数多く存在する。もし食べ放題ではなく普通に頼んでもこの量が出てくるのなら、この店はそこに名を連ねていても不思議じゃない。
「味は……うん、悪くないわね」
 少々油が多いかも知れないが、塩とコショウの味が利いたぱらぱらのチャーハンだった。悪くないと言うか、けっこう美味いんじゃないだろうか。
 しかし、最初からいきなりチャーハンが来るとは思わなかった。まあ最初に頼んだから仕方がないが、中華料理屋ではご飯物はなんとなく最後の方に来るような気がする。
「餃子よ」
 続いて持ってきたのも大皿だった。焼いた面がくっついた、いわゆる羽の付いた餃子だが、その数は二十個以上ある。
「二十五個」
 長門がそう言うのなら間違いなく二十五個あるのだろう。
「二十五?」
「どうかしたか?」
「ねえ、あたし変な注文の仕方してないわよね?」
 ハルヒは少しだけ不安げな表情を浮かべている。ハルヒの危惧しているところはなんとなく察しているし、俺もその疑いを持ってはいるが、口に出すのは止めておく。
「普通だったはずだ」
「そうよね……まさか、ね」
 ぶつぶつと言いながら、ハルヒは餃子を一つ千切ってから醤油につけ、口に運ぶ。
「うん、美味しいわ」
 ハルヒの評価通り、チャーハンに続いてその餃子も美味い。どこがどうとは指摘できないし、驚くほどのものではないのだが、とにかく普通に美味いのだ。
「まあ、本場の人がやってるみたいだし」
 ハルヒが顔を向けたのは先ほどの女性店員だ。何をするわけでもなく、カウンターの前に突っ立ってあくびをしている。
 それなりに客が入っていて、あれほど暇そうにしている店員を見たのはひょっとすると初めてかも知れない。水を注いで回るとかそういうのはないのか。
 長門によると、あの店員は普通ではないとのことだ。と言っても、ハルヒにばれても問題はない程度らしいので、あまり気にしなくてもいいだろう。
 それから、麻婆豆腐と春巻きが続けて来たが、そのどちらもやはり量が多かった。
 春巻きの本数は十五本ある。
「……」
 ハルヒが無言で俺たちを見回す。俺も見回すし、朝比奈さんと古泉も見回す。長門は淡々と食っている。
 長門以外、口には出さないが事態を把握しつつあるようだった。ひょっとすると長門も事態を察しているかも知れないが、長門にとってはどうでもいいことだろう。
 そして、俺たちの不安はあるものを見た瞬間に正しかったと確信することになる。
「五目ラーメンよ」
 どんどん、と丼がテーブルに置かれる。まず二つ。
 そして、店員が戻っていくカウンターには、あと三つの丼が用意されている。
「す、すいません!」
 顔を引きつらせ、ハルヒが立ち上がった。
「なに? 注文か?」
「えっと、そうじゃなくて……これ、五人分?」
「五人分だよ」
「あの、あたしは全部の料理じゃなくて、杏仁豆腐だけを五人分って……いえ、なんでもないわ」
 何を言っているのかわからない、と言わんばかりに首を傾げたまま丼を運んでいる店員を見ている内に諦めたらしく、ハルヒは溜息をついて椅子に座る。
「注文なら言ってよ」
 この時点で食いきれるか難しい。長門がいるのでかなりの量を食べることはできるが、それだって限度があるしな。むしろ減らして欲しいくらいだ。
「減らす……そうか」
キョン、どうしたの?」
「注文した分、キャンセルとかできないか?」
 あと二・三品注文したが、それさえ来なければ多少は違う。ラーメンとチャーハンがそれぞれ五人分ある時点でかなり厳しくはあるんだが、やらないよりはましだろ。
キョンにしてはいい思いつきじゃない」
 そりゃ、食いきれなかったら追加料金がかかるからな。ハルヒは何も言っていないが今回の代金も俺の財布から出る可能性は高いし、そりゃ必死にもなるさ。
「すいません!」
「なに、注文?」
「そうじゃなくて、まだ作ってない料理をキャンセルできる?」
「キャンセル? なにが?」
「あと、来てないのは……あたしが頼んだ酢豚と、エビチリだっけ? それキャンセルね」
「酢豚、エビチリ、何人分?」
「違うわ。キャンセル、取り消し、ゼロ人分……わかる?」
「取り消し? わかったよ」
 軽くそう答えて店員は厨房の方に消えていく。
「通じたわよね?」
 そう信じたい。
 だが戻ってきた店員の手には、明らかに酢豚の盛られた大皿がある。
「もう作ってたよ。エビチリ、キャンセルね?」
 脱力して何も言えなくなった俺たちに店員がそう告げた。よかった、意志疎通は出来たようだ。こなくなったのは一種類だけだが、それだけでもやらないよりはましだった。
「杏仁豆腐は?」
「それは五人前で。食後ね」
 そっちはキャンセルじゃないのかよ。まあ、甘い物は別腹と言うし、あってもなくても大差ないが。
 店員が戻り、俺たちの前には大量の料理が残った。チャーハンと餃子は半分以上なくなっているが、春巻きと麻婆豆腐と酢豚にはまだ手がついていない。それに、それぞれの前にはラーメンがある。
「最低でもラーメンは各自で片づけること。みくるちゃんはあんまり食べられないだろうし、他のは食べられたら食べて」
「ふぁい」
キョンと古泉くんは男の子だし、それなりに食べられるわよね?」
「まあ、腹は減ってる」
「僕もそれなりに食べられると思います」
「ええと、有希は……まあ、残ったらお願い」
「把握した」
 そう答えた長門の前にある丼は既に空になっていた。


「今日は解散よ……」
 店を出ると、ハルヒは弱々しくそう宣言し、妙にゆっくりとした足取りでその場から立ち去った。朝比奈さんや古泉もそれに続き、腹を刺激しないようにのろのろと歩いている。
 結局、俺たちは全ての料理を完食することができた。ラーメンだけで満腹になるかと思った朝比奈さんが、それ以外にも餃子や春巻きに手を付けていたのが驚きだった。他の物は通常の倍近く食べ、長門が残りを全て平らげた。
 ハルヒは完食を望んでいたから、俺たちは通常よりも多く食べられたのかも知れない。
 なお、杏仁豆腐は最初に頼んだ五人前の他に、後からハルヒが言った分もカウントされたらしく、最終的に十人前がやってきた。食い終わった今となっては笑い話だが、器を十個持ってくる店員を見た時には抗議しようかと思った。
「しばらく中華はいらないな」
「……」
 無言で長門が頷く。常人より多く食べられるとは言え、あの量はさすがに多かったのだろう。
「ところで長門、気になることがあるんだが」
「なに」
「結局、あの店員は何だったんだ?」
 あの店員は普通ではないと長門は言った。何かと普通ではなかったが、長門が言っていたのはどういうことなんだ?
「大したことではない」
 だが、そこでもったいぶられると逆に気になってしまう。
「大したことじゃなくてもいいんだ。教えてくれ」
「あの店員の国籍」
「国籍?」
「フランス人だった」
 ……どういうことだよ。
「日本人でも、たまに外国人風の容姿をした者がいる。たまたまアジア人風のフランス人だっただけ」
 本当にどうでもいいな、それ。