今日の長門有希SS

 休日になると俺たちSOS団は街を徘徊することに決まっている。午前の部はいつもの如く何の成果もなく終わり、集合した俺たちは飯を食う店を探して歩いていた。
「そうだ、今日はあそこで食べてみない?」
 ハルヒが示したのは小さな中華料理屋だった。古くさく、いかにも個人で経営していそうな店だ。
「こんな店でか?」
「たまにはいいじゃない。大体、いつも同じようなお店ばかり行っているからダメなのかも知れないわ」
「気が進まないな」
 こういうところに隠れた名店があるのかも知れないが、美味い店なら既にそれなりに有名になっているはずだ。美味いとも不味いとも評判を聞かないってことは、わざわざ入らなくてもいい店である可能性が高い。
「入るわよ」
 だが俺が面と向かって反対したところでハルヒは意見を曲げないだろう。そもそも、機嫌を損ねてまで店を変えさせたいわけじゃない。俺は溜息だけをついて、店に入った。
 昼時ということもあって、何組か客の姿があった。日本語のおぼつかない店員の案内で席に座り、メニューを眺める。
 うん、ごく普通の中華料理屋だ。並んでいるラインナップも予想の範囲を出ない。
「あら?」
 早くも飽き始めたのか、仏頂面で店内を見回していたハルヒが声を出す。
「どうした?」
「食べ放題なんてあるのね」
 ハルヒの視線の先には、やや黄ばんだ張り紙があって、そこには『ランチタイム食べ放題千円』の文字列が並んでいる。
 既に置いてある料理を取るのですはなく、決まった金額で注文し放題になるわけだ。残した分は追加料金がかかると書いてあるのは、頼みすぎを防ぐためだろう。
「ランチってのは平日だけだろ」
「もしそうなら平日だけって書くでしょ?」
 書かれていなくても、大抵の店ではランチタイムが平日の昼を示している場合が多い。客だってそう判断するし、店もわざわざそのことを明記しない。そうやって、相手のことを察するのが日本人の美点なのだ。
「ここは中華料理屋よ」
 いやまあそうだが。
「とりあえず、やってるかどうか聞いてみるわよ。キョンはまた遅刻だったし、どうせ朝も食べてなくてお腹空いてるんでしょ」
「時間には間に合ったはずだが」
「最後に来たら遅刻なのよ」
 その理論によると必ず誰か一人は遅刻になる。ハルヒにとって『遅刻』ってのは辞書通りの意味ではないようだ。
「すいませーん、ちょっといい?」
 俺たちがメニューを決めたかどうかも確認せず、ハルヒは立ち上がって店員を呼びつける。やってきたのは俺たちを席に案内した女性店員だ。
「この、食べ放題って今日もやってる?」
「やってるよ」
 片言で、タメ口だった。
「そ、そう。五人とも食べ放題でお願い」
 食べ放題や飲み放題のシステムがある店の場合、誰か一人だけ頼んで他の人に食わせることも考えられるので、大抵の場合は一組全員が食べ放題適用になる。だからわざわざ言わなくてもいいはずだが、ついそう言ったのはハルヒも店員の態度に面食らったからだろうか。
「注文なに?」
「え、ええと……あたしは麻婆豆腐と酢豚かしら。みんなは?」
「そうですね、僕はエビチリをお願いします?」
 そこでいったん注文が止まる。
キョン、あんたは?」
 店員を呼ぶのが早すぎるからこういうことになるんだが、今さら言っても仕方ない。
「そうだな。餃子とかどうだ?」
「餃子、何?」
「ちょっと待ってくれ」
 ここの店は数種類の種類があるらしい。メニューの中をくまなく探すと、水餃子と焼き餃子があった。
「焼き餃子で」
「わかったよ」
 中身の種類があるならともかく、こういう風に餃子を注文した場合は焼き餃子と判断して欲しいもんだ。
「もう終わり?」
「みくるちゃんと有希はどうする?」
「えっとぉ、春巻きとか……」
「五目ラーメン」
 いきなりラーメンか。長門がそう来ると、俺もご飯物が頼みたくなる。
「じゃあ、五目チャーハンも」
「こんなものかしら……あ、デザートも欲しいわね。杏仁豆腐、みんな食べるわよね?」
 ハルヒはさっと俺たちに視線を送る。
「じゃあ、杏仁豆腐もね。五人分お願い」
「五人分? 本当?」
「そうよ、お願い」
「わかったよ」
 店員が去ると、俺たちはお互い顔を見合わす。
「あの店員の態度が見られただけでも、この店に入った価値があると思わない?」
「思わない」
 変わった店員というかとても客商売とは思えないのは確かだが、口が悪いのはただ単に言葉がわかっていないだけのようで、態度自体は普通と言えなくもない。俺たちが探しているはずの不思議とはベクトルが全く違う。
 いや、探しているタイプの不思議がここにあっても困るけどな。店員が普通の異世界人だったなんてオチはごめんだぜ。
「なあ、あの店員は普通の人間か?」
 ハルヒが席を立ったので、今の内に聞いてみることにした。隣に座る長門は、一瞬俺の方に顔を向けてから先ほどの女性店員に視線を動かす。
「あなたの言う『普通』の定義によって返答は変わる」
「定義……って」
 まさか、ハルヒが求めているようなタイプの不思議な存在だったと言うのか? それならこの店に長居するのは危険だ、理由を付けてでも早く出なければ……
「その心配はない。涼宮ハルヒがそれを知ったところで、何かが起きることはない」
 一体それはどういうことなのか。答えを聞く前に、ハルヒが戻ってきたので俺はその話を中断することにした。