今日の長門有希SS

 前回の続きです。


「は? 衣替え?」
 いつも通りの喫茶店。遅刻した理由を聞かれるまま答えた俺に、ハルヒは小馬鹿にするような顔を向ける。
 確かに遅くなったのは悪かった。待ち合わせ時間までに到着して最後になるのが常だが、今回ばかりは完全な遅刻だ。弁解の余地はない。
 しかもその理由が衣替えと来たもんだ、ハルヒが呆れるのも当然と言える。
「あたしが呆れてるのはそういうことじゃないわよ。あんた、今頃衣替えしてんの? そういうのは寒くなる少し前から準備しとくもんでしょ? そうじゃないと急に寒くなったら困るじゃない」
 それが今朝だったわけだ。俺たちの高校は制服だから問題ないが、もし冷え込んだのが平日で指定の制服がなかったとしたら、俺は遅刻回数を一日分増やしていたことだろう。そうならなくてよかった。
「遅刻したじゃないの! 今日! あんた、学校とパトロールのどっちが大事だと思ってんの!?」
 まともな高校生ならば学校を大事にするべきなのだろう。だが俺はSOS団なんぞという組織に所属している時点でまともとは言えず、どちらかといえば学校よりもパトロールの方を優先してしまう。いや、させられると言った方が正しい。
「悪かったよ」
「わかればいいのよ」
 言いながらハルヒは残っていたコーヒーを一気に飲み干し、店員にお代わりを要求した。他人の金で飲むコーヒーは美味いか。
「とにかく、SOS団員たるもの服装には気を使って欲しいものね。ま、服を買いに行くための服がないなんて言い出すのはあんたくらいで十分よ」
 俺だってそんなことは言い出さないさ。それに秋物の服は収納してあっただけで所有していない訳じゃない。
「もし取り出した時に虫に食われて穴だらけだったらどうするのよ? あんた穴だらけの服で買い物に行きたいの? どんな趣味よ」
「それなら学校帰りにでも買いに行けばいいだろ。制服姿で街をぶらついてる奴なんていくらでもいるしな」
「あんたそんなことでSOS団をサボる気?」
 そういった理由がある時くらいは休ませてくれよ。
「買い物のために休むなんてダメに決まってんでしょ。ま、みくるちゃんや古泉くんは大丈夫だと思うけ……ど」
 見回していた顔がぴたりと止まった。
 視線の先では、制服姿の長門がちびちびとストローでオレンジジュースを吸っている。もちろん制服は衣替えされている。
「有希、秋物出した?」
「……」
 ゆっくりと顔を上げてから、左右に首を振る。
「買った?」
「……」
 同じく左右に首を振る。
「そんなんじゃダメよ。有希だって女の子なんだから、キョンみたいに穴だらけの服で買い物にいくわけにいかないでしょ?」
 いつの間に俺がそのようなパンクロッカーのようなファッションで街をぶらつくことになったのか教えてもらいたいものだ。
「そうだ、今日は有希の服を買いましょう! キョンみたいに全部去年と同じ服で乗り切るつもりじゃないだろうし、遅かれ早かれ買いに行く必要があるわけじゃない」
 俺だって可能ならば季節が変わるたびに新しい服を買いたいところだが、財政事情が節約を余儀なくさせている。一体誰のせいだと思ってんだ。
「とにかく、今日は決めたのよ! 秋物を買いに行くわ! せっかくだからあたしも見たいし」
 公私混同かよ。
「じゃ、目的も決まったことだし早速出発よ!」
 二杯目のコーヒーを飲み干してからハルヒはさっさと店を出ていく。いつものことだが俺たちの意見なんて聞きもしない。
長門
 店を出るため荷物をまとめながら声をかけると、長門はゆっくりと顔を上げる。
「なに?」
「しまってる服とか、虫に食われることはないだろ?」
「ない。必要であれば、収納したものをそのままの状態で維持する方法はある。数年間でも」
 そうかい。だが、服を保存するためだけにわざわざそのような技術まで使う必要はないと思うぞ。
「使っていない。害虫がわたしの服や所持品に危害を加えることはない」
 それなら安心だ。ま、長門の部屋に害虫が存在するとは思えないが。
「いない。侵入した虫は朝倉涼子が全て駆除する」
 そうかい。


 とまあ、そんなことはともかく、俺たちは街に出るのだった。