今日の長門有希SS

 人間の行動範囲は狭い。特に俺たち高校生は徒歩や自転車が主な交通手段となるので、車を使える年齢に比べると更に狭まってしまう。
 もちろんバスや電車に乗ればどこまでも行くことができるが、定期通学をしているのならばともかく、そうでなければ頻繁に公共の交通機関には乗れない。俺たちの財布の中身は無限ではないのだ。
 というわけで、俺たち高校生はどこに行くにしても誰かと会いやすい傾向にある。俺と長門の関係は基本的には秘密になっているので注意しなければならないが、見られるとまずい相手は長門が事前に察知しているので問題はない。
 だから、二人でいる時に会うのは、会っても問題がないやつと相場が決まっている。
「よう」
 スーパーに入ったところで俺が声をかけると、食品売り場を物色していたそいつはびくりと体を震わせてからこちらに振り返る。
「あっ、キョンくんに長門さん……どうしたの?」
「どうしたって言われても、ただ単に買い物に来ただけだが」
「そ、そうよね。あはは」
 ……先ほどから朝倉はどことなくおかしい。
「何を作るんだ?」
 持っているカゴの中を見ようとすると、朝倉はさりげなくそれを体の後ろに回す。
「それじゃあね」
 別に隠すような物じゃないはずだが、今日の朝倉はどうしたんだ?
「一体なんだろうな、あいつ」
「……」
 長門もよくわからないようで、首を捻っている。
 朝倉に遭遇したのは入り口付近の野菜コーナー。どうでもいいが、どこのスーパーでも必ず野菜や果物コーナーから始まっているのは一体どういうことだろうな。
 ともかく、朝倉はまだ野菜程度しか買っていないはずだ。大量の肉でも買っていたわけでもないはずだし、別に隠す物でもないだろう。
 もしや、サプライズパーティー的なことで俺たちを驚かそうと仕込んでいた? いや、野菜コーナーで何をする気だ? そもそも祝われるようなことは何もない。
 ああいう風に隠されると逆に気になってしまう。何かを言いだして途中で止められた時と同じようなものだ。
「確かめるか」
 推理してもわからない。直接カゴの中身を見るのが早い。
「いい」
 俺単独ではどうにもならなそうだが、長門が乗り気なら大丈夫だろう。
 さて、朝倉は俺たちから離れて肉や魚のコーナーにいる。しかし、ちらちらとこちらの様子をうかがっているところをみると、恐らくまだここに買いたいものがあるのだろう。
「移動するか」
「わかった」
 とりあえず、俺たちは朝倉がこちらを見ていることを気が付かないようにいくつかの野菜をカゴに入れてから、一度別のコーナーに移動する。
 そして、隠れて様子をうかがっていると朝倉はまた野菜コーナーまで戻ってきた。
 ここからなら朝倉が何を手に取るか見えるはずだ。戻ってきた朝倉は――何かを手に取った。
「……なんだ、あれ」
 俺はそれほど目が悪くはないし、視界も塞がれてはいないのだが、朝倉が何を持っているのか見えない。目には入っているはずだが認識できない。
長門、なんだあれは」
「視覚情報が封鎖されている。朝倉涼子が手に持っている物及びカゴの中身はわたしにも認識することができない」
 ……そこまでして、何を隠しているんだ?
「確かめる方法はないのか?」
「情報封鎖を解除する場合、朝倉涼子が本気を出している以上わたしも本気でなければ不可能」
 いや、そこまでしてもなあ。
「他にはないのか?」
「上から覗き込めばいい」
 そうかい。
「じゃあそうするか。長門、近づいたら朝倉を捕まえてくれ」
「理解した」
 情報封鎖などは完璧なようだが、まさか朝倉も真っ当に攻めるとは思わないだろう。
「おりゃー」


「……鍋でもやるのか?」
 数秒後、両腕を羽交い締めにされた朝倉からひったくったカゴを覗き込むと、中には様々なキノコが入っていた。しめじやマイタケやしいたけ……どれも鍋にはぴったりだ。
 しかし、もし鍋をするのだとしたら、どうして俺たちに隠していたんだ? 普通なら俺たちと――
 ひょっとすると朝倉は俺たち俺たち以外の誰かと鍋をするつもりだったのかも知れない。俺たちに隠したいのだとすれば、もしや、俺たちの知らない異性が? まさか、そんなことが……いや、朝倉だってそれなりに顔はいいし、クラスで人気もある。長門の世話さえやいていなければ誰かと交際していても不思議ではない。
「朝倉、無理に見て悪かったな」
「……」
 長門の腕に拘束されぐったりとした朝倉は俺の言葉にも反応しない。
 ……さて、どうしたものかね。こんな脱力した朝倉を放置するのもしのびない。
「あら、みなさん……どうしたんですか?」
 と、そこに現れたのは頭が緑色の先輩だ。朝倉同様、長門の警戒の対象には入っていない。
「おや……これはもしかして、ダイエットですか?」
「ダイエット?」
「ええ、毎日キノコを食べることでダイエットができるそうですが……違いましたか?」
 喜緑さんの言葉に俺たちの視線が集まる。
 朝倉はひどく赤面した。