今日の長門有希SS

 8/228/24の続きです。


 桃は木になる果実だ。実の中央にある種は大きく、食べるためにカットするのも苦労するほどだ。上手く種を外すための切り方にはちょっとコツがあるが、今はそんなことはどうでもいい。ともかく桃はあんな植木鉢で育てられる植物ではないと言うことだ。
 普通は、な。
「どうやら特別なことが起きているようですね」
 突然、俺たちの間に割って入ってきたのは、言うまでもなくSOS団が誇るうさんくさい笑顔を持った男だ。
「顔が近い」
 俺だけでなく、長門にもな。
「これは失礼。ですが、あまり大声を出すわけにもいかないものですから」
 古泉の視線の先には、楽しそうに朝比奈さんと話しているハルヒの姿がある。
「あの植物……そうですか、桃ですか。原因に何か心当たりはありますか?」
「持ってきた時に桃を食いたいとか言ってた。覚えてないか、活動を取りやめて早く帰った日があっただろう」
「なるほど。そのようなこともありましたね」
 何かトラブルがあったわけでもハルヒの機嫌が悪くなったわけでもないし、古泉にとっては記憶に残らないほどの一日だったかも知れないが、俺にとってはちょっとしたスペクタクルな日だった。主に財布の中がな。
 しかし、ハルヒは持ってきた時に野菜の植木鉢だと言ってなかったか? そんなことまで忘れちまったのかあいつは。それほどまでに桃を食いたかったのか。
「あれだけ食ったら満足してくれたと思ったんだが」
「桃の美味しさを再認識して、より食べたいと思ったのかも知れませんね」
 俺のせいだというのか。
「原因はともかく、このまま放っておけばどうなる?」
「あなたが今のまま世話を続ける限り、実をつけることはほぼ確実でしょう。恐らく今までの常識よりも格段に早く」
 だろうな。あいつは三年も悠長に待っていられる性格をしていない。
「涼宮さんがそういうものだと認識してしまえば、桃という植物の性質が変わってしまいます。今までのように大きな木を必要とせず、植木鉢で育てることが可能な果物となるでしょう」
「手軽だな」
「ええ。ですから、今のままの金額では売れなくなるでしょうね。商品の価格は需要と供給のバランスによって決まります。供給が増え、更に手軽に家庭で育てられるとなれば、今よりぐんと安くなると思われます」
 ただ単に桃が安くなるってだけならいいんだが、他にも影響を及ぼしそうだな。
「ええ。仮に植木鉢に桃がなっている光景を見た涼宮さんが、桃だけでなく果物全般がそのように育てられると解釈してしまえば、本来は木が必要なありとあらゆる果物が植木鉢で育てられるようになってしまうでしょう。そうならなかったとしても、桃の暴落によって他の果物の相場にも影響を与えることは必至です。価格競争によってあらゆる果物が金額を下げてしまうかも知れません。生産コストが変わらぬままであれば、農業関係者の利益が激減し、日本の第一次産業が壊滅する恐れがあります」
 話が壮大すぎて言葉もないな。ちょっと悪い方に考えすぎじゃないのか。
「そうですね。僕の話は、あくまでも最悪のケースに転んだ場合です。売値なども変わらず、ただ植木鉢で育てることのできる新種の桃が誕生するだけということもあり得ます」
 何にせよ、あそこから桃ができてしまったのをハルヒに見せるのだけは避けなければならないな。
「どうすりゃいいんだ」
「対処法はいくつか考えられます。一番簡単なのは、あれ以上成長させないことです。世話を止めて枯らせてしまう、芽を引き抜いてしまうなどがありますが……恐らく涼宮さんにとって大きなストレスになるはずですから、僕としても避けたいですね。あなたにとっても気が進まないでしょう」
 そりゃそうだ、芽を出させるために俺がどれだけ手をかけたと思っているんだ。傍目にはただ水をやっていただけにしか見えていないだろうが、ネットで植物の育て方なんかを調べまくったりもした。それを、枯れさせたりむしるなんて、俺にはとてもできない。
「では、別の方法をとることにしましょう。花や実をつけるほど成長してしまう前に、桃を食べたいという欲求をなくすのはどうでしょう」
「そんなことができるのか?」
「プランはあります。実施できる確証はありませんが、明日までに検討してみましょう」
 俺は火に油を注ぐ結果になってしまったし、できることはない。
「任せる」
「わかりました。決まり次第、お伝えします」
 言うと古泉は俺たちから離れていき、何事かハルヒに話しかけている。今すぐにどうにかできるとは思えないが、何らかの前振りをしているのかも知れない。
長門、もし桃が安くなったらどうする」
「食べる」
 いや、そういうことじゃないんだけどな。