今日の長門有希SS

 俺の目の前には、小さな植木鉢があった。
 植木鉢と言っても、よくある素焼きの茶色い器ではなく、繊維を編み込んで作ったような簡素な素材のものだ。水受けのためと思われる小皿とセットになって、机の中央に置かれている。
 中に湿った土が入っていることから、何らかの植物を育成するためのものだと思われるが、今のところ何も生えていない。目を凝らしてみても芽が出ている様子も土が膨らんでいる様子もないので、恐らくは種を蒔いたばかりなのだろう。
 さて、これは一体どうしてここにあるのだろうか。SOS団のメンバーで植物を持ってきそうなのは……朝比奈さんだな。ハルヒは部室に花を飾ろうなんて繊細なことを考える思考回路を持ち合わせちゃいないし、古泉や長門もそのようなことはしない。そう考えると、これを持ってきたのは朝比奈さんとしか思えない。
 しかし、花そのものではなく発芽前の鉢植えとは珍しい。観葉植物として買う場合は花そのものか既に成長した鉢植えなどが主流だと思われる。
 だが、だからといって鉢植えが悪いわけじゃない。切った花と違って長持ちするだろうし、何より成長過程を楽しむことができる。芽が出る前から手をかけていれば、花が咲いた時の感動はより強くなるだろう。朝比奈さんはそこまで考えて鉢植えを持ってきたのかも知れない。
「何突っ立ってるのよ、キョン
 ぽんと肩を叩かれる。と言うか、邪魔だと言わんばかりに体を押しのけられる。
「俺は今、朝比奈さんの配慮に感動していたんだよ」
「は? 何言ってんの?」
 お前なんかにはわからないさ。単純に花を持ってくるのではなく、その成長過程から携われるようにという朝比奈さんの配慮は。
「ああ、それあたしが持ってきたんだけど」
 お前かよ。
「一体何の植物なんだ、これ」
「忘れたわ」
「忘れた、ってどういうことだよ」
「去年くらいに百均かどっかで衝動買いしたんだけど、名前とか育てる方法が書かれた紙をなくしたのよ。でも草なんて土に埋めて水かけりゃいいんだし、別にこれで大丈夫でしょ」
 土がガッチガチに固められているようだが、こんな過酷な環境で芽は出るのか?
「植物を舐めんじゃないわよ。あんた、毎年どれくらいの生物が絶滅してるか知ってる? それなのに、大昔から絶滅しないで生き残ってきたってことは、それだけ生存競争に生き残ってきたってことよ。だから、多少土が硬くても問題ないに決まってんでしょ」
 何の種類の植物か知らないわりに、よくそこまで言えるなお前は。
「とにかく、あたしが大丈夫と言ったら大丈夫なのよ。わかった!?」
「へいへい」
 実際、そうなんだよな。こいつが断言するのなら、こいつはどんな劣悪な環境に置かれたって芽を出して立派に花を咲かせるはずだ。
「何の花が咲くんだろうな、こいつ」
「ああ、花じゃないわよそれ。確か野菜だったはず」
 花ですらなかったのか。
「桃でもなってくれたら嬉しいわね。あたし水蜜桃とか嫌いじゃないのよ、みずみずしいやつがいいわね」
 実を食えばわかるが、桃の種はかなりでかい。この小さな鉢に入りきるかも怪しいし、そもそも百均で売ってるような栽培セットに桃があるとは思えない。
 仮にこれが桃だったとしても、実を収穫できるのはかなり先だと思うけどな。桃栗三年柿八年って言葉もあるくらいで、その頃の俺たちがどうしているかわかったもんじゃない。
「あーあ、桃の話をしてたら桃を食べたくなって来ちゃった。どうしてくれんのよ」
「お前が一方的に話したんだろう」
「でも、最初に鉢のことを言い出したのはあんたでしょ? 責任取りなさいよね」
 こんな風に部室のど真ん中に置かれていたら気になるのが当然だろ。
「問答無用よ」
 へいへい。


 というわけで、この日はほとんど活動することなく学校を出ることになるのであった。