今日の長門有希SS

 放課後になると、俺が向かうのは部室棟だ。そこには、本来は文芸部の部室であり、今現在も名目上それは変わっていないのだが、実質的にはSOS団が占拠している部室が存在する。
 SOS団を構成するメンバーは五人。団長のハルヒを始め変人揃いの集団で、自他共に認める一般人である俺以外、全てが特殊なプロフィールを抱えている。宇宙人、未来人、超能力者……それらが一堂に会すのがこの部室なわけだが、それほどおかしなことが行われているわけではない。ボードゲームで時間を潰してみたり、お茶を飲んでみたりと、高校の部室で行われることとしては異例かもしれないが、一般的な高校生でもやっているようなことだろう?
 だから、この扉の向こうには普段とそう違わない光景が広がっている。鍵をかけ忘れたまま着替えを始めてしまうそそっかしい先輩のためにノックをすると「いいわよ」というハルヒの言葉が返ってくる。
 どうやらこの向こうにハルヒがいるのは間違いない。俺とハルヒ抜くと残り三名、まあここを訪れる可能性のある者は他にもいるが、それらはイレギュラーであるので残る三名の誰かがいるか、はたまたハルヒしか存在していないかのどちらかだ。
「……」
 扉を開け放ったまま、俺は思わず言葉を失ってしまった。
「ん、どうしたのよ。突っ立ってないで早く入って来なさいよ」
 目の前にいる赤い奴がそう言った。SOS団の団長で、教室でも後ろからぼそぼそと話しかけてくるハルヒの声によく似た声を持ったそいつ――いや、そいつらは、数匹の蟹だった。
「タラバガニよ、美味しそうでしょ」
 そうか。自分からアピールするとは、よっぽど食われたいんだなお前たちは。
「さっきから何言ってんのよキョン
 うっすらとハルヒの姿が浮かび上がった。ゆらゆらと揺れるその姿は、まるで水の中にいるか、水槽の向こう側にいるかのようだ。
「水槽の向こう側にいるのよ」
 そうか。


 この蟹の出所は鶴屋さんだった。
「いやあ、知り合いからもらったんだけど、うちじゃあ食べきれなくってさっ」
 とのことだ。で、当初は氷を敷き詰めた発泡スチロールの保存容器で置いておく予定だったらしいが、数が多かったし、どうせなら生きたまま保存しておきたいというわけでここにいけすが運び込まれることになったわけだ。
 そのサイズはかなり大きく、部室の約七割ほどの面積を占めており、更に天井ギリギリまでの高さがある。どうしてそれほど大きなものになったかと言うと、せっかくだからと蟹以外の食材もいくつか泳がせようと思ったらこうなってしまったようだ。
 海の幸満載のいけすがあり、しばらくは新鮮な魚介類が食えるわけだ。それ自体は喜ばしいことのはずだが、どことなく浮かない様子の者がいた。
長門、どうかしたか」
「本が湿気る」
「そうか」
 この部室は、中央にいけすを置くことを考えて設計されたものではない。元々本を保存することに特化した部屋だったわけではないし、湿気で本が劣化してしまうことは十分に考えられる。
「どうしたもんかね」
 いけすはかなり大きい。扉からも、窓からも外に出すことはできない。仮に窓から出そうとすれば、窓と窓の間の仕切りを外した上で、上下の壁もかなり破壊することになる。
「早く片づける」
 確かに長門ならこのいけすにいる全ての魚介類を一日で胃袋の中に流し込むことはできるかも知れないが、それではこの高級食材が泣く。魚介類だって、どうせ食われるなら美味しく食われた方が浮かばれるはずだ。
「なあハルヒ、中身だけでもどっかに移動させられないのか? 本が劣化するそうだ」
「本もコンピ研に預けたら? あたしのパソコンも、みくるちゃんのコスプレ衣装もそうしてるわよ」
 お隣はお前の収納庫じゃないぞ。
「大丈夫よ、あいつら喜んで手伝ってくれたわよ。特にみくるちゃんの衣装を運ぶ時とか」
「すぐに取り戻してこい」


 というわけで、長門の本は無事にコンピ研に移動し、朝比奈さんの衣装は自宅管理になり、俺たちは数日間海の幸に舌鼓を打つことになるのであった。