今日の長門有希SS

 休日、俺はリビングで横になってテレビを眺めていた。
 ここのところ平和な日常が続いている。同じような時間に起きて学校に行き、夕方まで部室で過ごしてから長門のマンションに寄って帰る。休日はそれとは多少違うが、SOS団で集まってやることはいつも大差なく、それがない日は長門のマンションで朝から晩までのんびり……と、そんな日々を当たり前のように過ごしている。もちろん毎日が全く同じ内容というわけはないのだが、騒ぎ立てるような出来事は起きちゃいない。
 何か事件が起きる時は大抵ハルヒの精神状況が原因なのだが、ここのところ熱中しているものがあるおかげか、俺たちを巻き込んでおかしな騒動を引き起こすことはなくなっている。だから、今目の前にあるこの携帯電話が鳴ることも――
 さて、話は変わるが日本にはことわざというものがある。いや、海外にもことわざは存在しているのだが、それはさておき、日本のことわざで「噂をすれば影がさす」というものがある。誰かの陰口を言っている時にその本人が偶然通りがかってしまうというもので、何もこれは陰口に限らず、人間にも限らない。
キョンくん、電話だよー」
 まあ、つまりはそういうことだ。電話のことなんて考えるもんじゃない。
 これが谷口や国木田なら単なる遊びの誘いだが、こういう時にかかってくるのがあいつらからじゃないと、ディスプレイを確認しなくてもなんとなく感じ取っていた。相手は誰だ?
 視線を送った俺は、出る気をすっかりなくしてしまった。しばらくでなければ諦めてくれるんじゃないかと放置してみたが、どれだけ待ってもコールが収まる様子はない。
「はあ」
 根負けした俺は、着信ボタンを押してしまう。
「なんだ」
「どうもこんにちは」
 受話器の向こうから聞こえてくる声は、結婚詐欺師にでもなれば大成しそうだと思わせるほどのイケメンボイスであり、それでいて独特の薄っぺらさを兼ね備えている。仮にこの電話が番号非通知だったとしても、不本意ながら俺はその相手を間違えることはないだろう。
「どうした、古泉」
「今、お話ししてもよろしいでしょうか」
「ちょっと待て」
 言いながら俺はソファから腰を上げ、自分の部屋に向かうことにする。わざわざこいつから電話が来たということは、単なる遊びの誘いであるはずがない。大抵はハルヒがらみの厄介事で、妹の隣で話せる内容じゃない。
「いいぞ。どうしたんだ?」
「閉鎖空間が発生しました。すぐに片づいてしまうほど小規模のものだったのですが、一応あなたにも報告しておくべきかと思いましたので」
 俺はつい溜息をついてしまう。
「最近、あいつゲームに熱中してるから退屈してるわけでもないよな。楽しくやってるように見えるんだが」
 ここ数日、ハルヒは携帯ゲームの有名RPGにハマっている。そのおかげで俺たちは平和に過ごしているんだが、一体どこに不満があるっていうんだ。
「あのゲーム、面白くないわけじゃないよな」
「ええ、全てを肯定するわけではないですが、僕の回りでも概ね好評です。『機関』でも半数近くがプレイしています」
 お前んとこ、本当に楽しそうな組織だよな。
「ですから、ここ数日の涼宮さんの精神状態は非常に安定しています。それだけに今回の閉鎖空間が発生した原因がわからないのです」
「楽しすぎてついうっかり発生させたんじゃないのか」
「……仮に涼宮さんがどのような精神状態でも閉鎖空間を発生させるのであれば、常にバイトがありそうですね。ここのところ不景気で仕事が減っているそうですが、世間とは違った雇用状況になりそうです」
「冗談だ。で、俺に電話をかけてきた理由はなんだ?」
「できれば、あなたにその原因を探っていただきたいと思いまして」
 どうせそんなことだろうと思ったが。
「明日でいいか? もう遅いし、こんな時間に電話をしたらさすがに迷惑だろ」
「そうですね……迷惑だとは思われないでしょうが、その方が無難かと」
「じゃあな」
「はい。では明日よろしくお願いします」
 通話の切れた携帯をベッドの上に放り投げ、続いて俺もベッドの上に倒れ込む。
「閉鎖空間、ねえ」
 あいつは一体、どこに不満があるってんだ?