今日の長門有希SS

 授業の合間の休憩時間はあまり長いとは言えないが、次の授業のために移動したりトイレに行く程度の時間はある。それらの必要がない時は無駄話をしていることが多いのだが、今回は用を足すために廊下を歩いていた。
「よう」
 教室に戻る途中、廊下の向こう側から歩いてきた古泉に声をかける。活動時間でもないのにゼロ円スマイルを振りまく古泉はサブバッグを脇に抱えており、どこか別の教室に移動している最中らしいことがうかがえる。
「次の授業は何なんだ?」
「ええと、化学ですね」
 じゃあ目的地は理科室ってことだな。俺のクラスでは実験をするような授業をやっていなかったような気がするが、こいつのクラスとは微妙にカリキュラムが違うのだろう。
「何の実験をするんだ?」
「え?」
 古泉の営業スマイルが一瞬崩れた。特におかしなことを言ったつもりはないが、何やら俺の発言の意図がつかめていないように思える。
「理科室に行くんじゃないのか」
「いえ、次の授業は教室です」
 考えてみると、鞄を持っているからと言って今から移動すると決まったわけではない。どこかの教室から戻ってきている最中だという可能性だってある。
「じゃあ、前の授業は何だったんだ?」
「数学です」
 教室移動とはほど遠い授業じゃないか。
「じゃあ、なんで鞄なんて持ってるんだ?」
「ああ……なるほど、そういうわけですか。合点が行きました」
 一人で勝手に納得されても困るんだがな。気が付いたことがあるなら説明してくれ。
「これには別に勉強道具が入っているわけではありません」
「じゃあわざわざなんでそんな物を持ち歩いてるんだよ」
「そうですね。それを説明するには少々人の少ないところに移動しなければなりませんが、ちょっと来て頂けますか?」
「いいぜ」
 次の授業が始まるまではあまり余裕がないが、ここで次の休み時間までお預けとなると中身が気になって授業に集中できそうにない。ま、普段から集中しているのかと聞かれると難しいところだが。
 しばらく移動し、古泉はきょろきょろと首を振ってから立ち止まる。
「このあたりならいいでしょう。これを持ち運んでいたんです」
 開かれた鞄の中に入っていたのは、いわゆる携帯ゲーム機だ。今一番売れている機種で、持っている奴はかなり多いだろう。
「なんでそんなもんを持ち歩いてるんだ?」
「最近、あのシリーズの最新作が出たのをご存じですか?」
「まあな」
 SOS団や長門との交際で時間が取られてゲームをやる時間はそれほど多くないが、俺でもそれくらいは知っている。多少延期をしたり、システムが変わったなどのニュースはあったが、無事に出たことは確かだ。
「トイレにでも隠れてやってるのか?」
 だとしたらとんでもないハマりっぷりだな。本体のランプが点滅しているところを見ると、ゲームをスリープさせて中断しているのだろう。そして、ちょっとの合間にプレイしているってことになる。
「いえ、そういうわけではありません。今回の作品は、無線機能に対応していて、他のプレイヤーと情報交換……と言いますか、ちょっとした交流ができるんですよ。で、そのために電源を入れた状態で廊下をうろついていたわけです」
 ゲームをむき出しにして廊下を歩くわけにいかないから鞄ごと持ち歩いていたってことか。そこまでしてやるもんなのか。
「いろいろとメリットがありますから」
 で、実際に休み時間にそれをやってる奴は他にもいるのかね。
「ええ、わりと」
「そうかい」


 予鈴が鳴ったので古泉と別れて教室に戻る。
「なあハルヒ、お前ゲームとかするのか?」
「ん、やってるわよ。今日は持ってきてないけど、ほら、アレが出たじゃない」
 お前もかい。今日は、ってことは持ってきていた日もあるらしい。
「いつの間にやってるんだ?」
 放課後の部室じゃゲームを開いてる姿は見てないし、週末に集まった時だってそうだ。
「まだそんなに時間かけてないけどぼちぼち進めてるわ」
 ま、暇な時に適当にやってるんだろう。どうでもいいことさ。
「ちょっと聞いたんだが、なんか通信とかあるんだって?」
「あたしのはまだ人数少ないのよ。やっぱり街とかでやらないとダメなのかしら」
 別にお前がどこで何をやろうと勝手だが、あまり俺たちを巻き込まないで欲しいもんだね。
「そうそう、この前学校でやってみたらすごい人がいたわ。発売日から今までずっと電源切ってないんじゃないかってプレイ時間で、レベルがものすごく高いの。見たことのない地図を持ってたし」
 話の内容は半分くらいしか理解できてないが、まあかなりのプレイヤーであるらしきことはわかる。
「ユキって名前だったけど、うちの有希とは関係ないわよね。部室でもゲームやってないし」
「そうだな」


「それはわたし」
 放課後、なんとなくそのことを思い出して聞いてみると長門はそう返してきた。
「……お前だったのか」
「そう」
 しかし、いつも本を読んでいてゲームをしている姿をあまり見かけないんだが。ハルヒの話を聞く限り、かなりやりこんでいなきゃおかしいだろう。
「今、この状態でもプレイしている」
「なんだって?」
「本体を閉じて鞄に入れた状態でもゲームをすることは不可能ではない。もしあなたの許可があれば、ゲームのデータを解析して脳内でプレイすることも可能。ワイヤレス機能も使える」
「やめろ」
「残念……」
 即答してやると長門は肩を落としてしまったが、そこまで人間レベルを超越されると困る。
 しかし、長門までやってるとは予想外だったな。今ので確か九作目だったか。毎回売れ続けるとは恐ろしいもんだ。このまま続いていけば、朝比奈さんの時代には一体何作品目が出ているのだろう。恐ろしい話だ。
「ところで長門、気になることがあるんだが」
「なに」
「そのゲーム、蓋を閉めた状態でも常にやっているのか?」
 ハルヒの話を聞く限り、ただ起動時間が長いだけではないはずだ。
「そう、授業中でも可能。今現在もレベル上げをしている」
 本を読みながらゲームをするとは器用なもんだ。
「で、一つ聞いてもいいか?」
「いい」
「昨日、俺と一緒に寝た時にもゲームはやってたのか?」
「……」
 長門はそっと目をそらした。