今日の長門有希SS

 ぴん、ぽーん。


 のんびりとした休日の夕方、一日中だらだらと過ごしていたが、いい加減買い物にでも行こうと支度をしていた俺たちは、インターホンの音を聞いて動きを止める。
「わたしが」
 とだけ言うと、長門はすたすたと玄関に向かっていった。
 長門の部屋への来客は多いとは言えないが、かといって全くないわけでもない。毎日のように入り浸っている俺の他によく来る知り合いは朝倉や喜緑さん。SOS団の面々も訪れることはあるが、それはごくイレギュラーな場合に限ったものだ。
 もちろん来客とはそういう見知った者に限らない。宅配便を届ける業者が来ることもあれば、新聞の勧誘や訪問販売の類が来ることもある。今日は頼んだ覚えがないが店屋物の出前がやってくることももちろんある。
 どうやら、今日の来訪者は知り合いには属していないようだ。よく来る朝倉なら玄関で長門が応対している時点での二人の声の調子でわかる。喜緑さんなら玄関を経由してこない場合が多い。
 仮にSOS団のメンバーが訪れるなら、ハルヒ以外は事前に電話などで連絡を入れてくるだろう。そしてハルヒなら問答無用で入ってくる。
 しばしの応対の後、戻ってきた長門は小さな箱を抱えていた。
 最近、長門が何かを注文していた覚えはないが、俺だった四六時中一緒にいるわけじゃない。二人の間にも、知らないことや知る必要のないことは存在する。
「それは?」
 仮に俺に見られたくないものであれば、見られる前にどこかに隠してしまうはずだし、そもそも俺がいる時に届くはずがない。だから、聞いても問題がないわけだ。
「鍋」
「鍋?」
 長門はその箱をコタツ机の上に置くと、その包装を丁寧に剥がしていく。
「鍋だな」
「そう」
 鍋と言っても調理器具の方ではなく、その中身だ。レトルトのスープに、野菜が数種類、袋に入った麺が二パック。それらがひんやりしていた。
「冷たいな」
「クールだった」
「こんなの頼んでいたのか?」
「……」
 左右に首を振る。長門にしては珍しく困惑しているようにも見える。
「間違いか?」
「わたし宛になっていた」
「じゃあ、お歳暮ってやつか?」
 届けるような相手に心当たりはないが、俺を含めて長門に世話になっている人間は多い。ハルヒが起こす様々な出来事を解決していることを考えると、日本中から届いてもおかしくはないだろう。
「違う」
 そうか。
「お歳暮は年の暮れに贈答するもの。この時期ならばお中元が相応しい」
 そうかい。
「それじゃ、そいつはどこから来たお中元なんだ?」
「お中元であればその旨を記したのしなどが付いているはず。この箱にはそれらが見あたらない」
「じゃあ、どうしてそんなものが届いたんだ?」
「話は聞かせてもらいました。人類は滅亡します」
 俺の問いに答えたのは長門ではなかった。いつの間にか部屋に来ていた喜緑さんが、ドアノブのついた開き戸を、ガラッと音を立てて引き戸のように開ける。
「何の用ですか?」
「その荷物についてご説明しようと思いまして」
 勝手に入ってきてコタツ机に入ってきた喜緑さんは、こほんと咳払いをする。
「心当たりがあるんですか?」
「はい。数日前、カタログで選んで今日のこの時間を選択して注文した記憶があります」
 と言うことはつまり、喜緑さんが注文した本人ってことか。
「だったらご自分の住まい宛に届くようにすればよかったんじゃないですか」
「家で作るのがちょっと面倒だと思ったもので」
 土鍋で煮込めばすぐに食べられるようになってると思うのだが。
「ご存じですか? 土鍋って洗うのがとても面倒なんですよ?」
 俺たちに洗い物を押し付ける気だ!
 今日という今日は言ってやらなければ。
「き――」
 口を開いた瞬間、袖を引かれたのを感じて思わず言葉を飲み込んでしまう。
「どうした、長門
「早く食べたい」
「そうか」
 まだ夕飯には少々早いが、匂いを嗅げば腹も減ってくるだろう。とりあえず米を炊く準備をして、それから鍋を用意すればいい。この暑い時期に鍋を食うなんてとても正気とは思えないが、暑い時にこそ暑い物を食うってのも悪くない。
「じゃあ長門、カセットコンロを出しておいてくれ。俺は鍋や食器を用意する」
「わかった」
 食材をキッチンに持ち込み、説明書を読みながら支度を始める。材料は既にカットされているので鍋に放り込むだけでいいのだが、スープは水で薄めなければならないようだ。計量カップを使って水を計り、コンロに置いた土鍋に注いでいく。
 まあカセットコンロで温めてもいいのだが、ボンベのガスを無駄に消耗する必要もないのでこちらでやっている。どちらの方が経済的に効率的かは知らない。
「こんな暑いのに鍋やってるの?」
 スープの温まった土鍋をリビングに持ち込むと、ちょうどやってきた朝倉が怪訝そうな顔で俺たちを見ている。片手に小さな紙袋があるので、またお菓子を持ってきたらしい。
「喜緑さんが取り寄せたんだ」
「九州のモツ鍋です」
「ふうん」
 とことこと部屋に入ってきた朝倉は、当然のように空いていたスペースに腰を下ろす。まあ、鍋をするなら大人数の方が楽しいからな。誰かが不満を言わない限り問題はないはずだ。
「申し訳ありません。この鍋は三人前なんですよ」
 国民的ロボットアニメに登場する金持ち少年のようなことを言う喜緑さん。朝倉は一瞬ぴたりと硬直してから、ゆっくりと立ち上がって背を向ける。
「いや、具を足せば四人でも問題ないんじゃないですか。キャベツや肉なら冷蔵庫に残ってたはずですし、切ってきますよ」
「それではせっかくの本場のモツ鍋がどこの鍋ともわからないものになってしまいますよ!」
 いや、別にいいじゃないですか。


 というわけで、モツ鍋に余っていた鶏肉やら豚肉やらキャベツやらもやしやらを入れたよくわからない鍋を作り、しめの麺だけではな足りなかったので炊いていたご飯でおじやを作って食べたりするのだった。