今日の長門有希SS
放課後、教室はそれなりに慌ただしい。まず熱心な運動部の奴らが出て行き、それからダラダラと教科書などを鞄に詰めて教室を出ていく者や、まだ帰らずに輪になって話している者などがいる。
今日のところは俺もその最後のグループに該当する。街に買い物に行くという谷口や国木田と話しているが、この二人は俺が放課後何をしているのか知っているので、一緒に行こうなどと誘われることはない。嬉しいやら悲しいやら複雑な気持ちだ。
「ん」
ポケットで携帯が震えた。取り出して確認をするが、着信やメールなどは来ていない。
まあこれは珍しいことではない。実際は震えていなくても、ポケットの中で動いたのをバイブと感じてしまうとか、そんなのが原因だったように記憶している。名前が付いているほどよくある現象だ。
と言うわけで、俺はそのまま携帯をポケットに戻す。そして、何事もなかったように雑談を再開――できなかった。
「キョン! 今の何!?」
携帯を操作していた方の腕に重みがかかった。何やら興奮した様子のハルヒが、俺の腕にしがみついている。
と、なぜ谷口と国木田は後ずさりをしているんだ。そしてその意味深は顔はなんだ。
「ねえキョン、もう一回!」
クラスの様子を気にした風もなく、ハルヒはそうせがんでくる。一体何のことだかさっぱりだな。
「今なんかシャキってやってたでしょ! あれもう一回見せてよ!」
そう言われてもピンと来なかったが、ハルヒに話しかけられる直前に何をしていたかと考えてみると、俺は谷口や国木田と話しながら携帯を確認していたことを思い出す。俺はただ無意識に取り出しただけなのだが、こいつはそれをもう一度やれというのか。
「ほら、もったいぶってないで見せてよ! ねぇ」
「はいはい」
別に大したことをやっていたわけじゃないんだが、ここで拒否するのが無駄であることを俺は既に学習済みだ。大人しく俺はポケットから取り出した携帯を開いて顔の前に持っていく。これがなんだってんだ。
「かっこいい……」
何を言ってるんだお前は。
俺はポケットから携帯を取り出してそのディスプレイを見ているだけ。ここに特別な動作はない。
「言われてみれば、ちょっとかっこいいかもね」
おいおい、国木田まで何を言ってるんだよ。俺はただ携帯を取り出しただけだぞ。誰でもやる行為だ。
「キョン、どうやってんだ?」
谷口まで乗っかってきやがった。なんだこれは、この二人を巻き込んだどっきりか?
「ゆっくり手順を説明してくれよ」
手順と言われても大したことはしちゃいないんだが、まあハルヒも興味津々みたいだから説明するか。俺としては普通に携帯を出してるだけなんだがな。
「まずポケットに手を入れて携帯を取り出す。で、開いてから持ち上げる。これだけだ」
「もう一回、ゆっくりやりなさいよね!」
何なんだこの状況。
言われて俺は、その動作をスローモーションでもう一度やることにした。
まず手をポケットに入れる。この時点で手の平が触れるのは小さい液晶がある方ではなく、バッテリーが装着されている方の面だ。折れる部分は下になった状態で、開けばちょうど手の平にすっぽり収まる状態。
で、俺はそれを掴んだ状態で親指の先を折り畳まれた隙間に滑り込ませる。その状態でポケットから横にスライドさせるように手を出し、腕を半回転させながら親指でディスプレイの側を跳ね上げる。
パチン!
その音が鳴る寸前、今度は携帯を顔に向けて持ち上げていた。だから携帯が開く音が鳴ったのは目の前に到達する頃であり、慣性による動きを中断されたパーツが音を鳴らすわけだ。
と、これだけのことなのだが。
「うん、やっぱりカッコいいわ! ほらあれよ、アメリカの映画で不良がシャキってナイフ出すじゃない、そんな感じ」
いいのかそれ。
「キャッチフレーズを付けるなら、そうね……切れる高校生、夕方の凶行……こんなのどう?」
どうも何も、心当たりはなくもないな。最も俺が被害者であり、そのキャッチフレーズにふさわしいのは今びくりと反応した委員長だが。
「そうだ、ちょっと着いて来なさい!」
命令するや否や、ハルヒは俺の首根っこ掴んで教室を飛び出す。連れて行かれる先は知らないが、下手に拒否すると首が絞まってしまうので俺は黙って従うことにする。
さて、一体どこに連れて行かれるのかね。