今日の長門有希SS

 ふと草の匂いがして顔を向けると、道ばたの雑草が短く刈られていた。今までの長さを知っているわけではないが、機械を使って切られましたと言わんばかりに高さの揃った様子を見ると、人為的に切られたばかりであることは明らかだ。
 いかにも作業員といった格好の中年男性がハンドルの付いた棒の先で糸ノコかワイヤーのようなものを回転させる名前の知らぬ機械を用いて雑草を切る光景はそれほど珍しい物ではない。市だったり県だったり個人だったりに雇われてやっているのか、はたまたそこの土地の持ち主が機械を購入し自分でやっているのかは知らないが、よく見かけるわりに今のところ俺とは全く縁のない仕事であることは確かだ。まあSOS団に所属していれば団長様に何をやらされるかわかったものではないが、そんなピンポイントな労働を引き当てることはないだろう。
 更にしばらく歩くと、今度はほのかなカレーの匂いが鼻についた。このあたりは住宅が建ち並んでいるのでどこが発信源かわからないが、夕食がカレーになる一家が確実にこのあたりに存在するらしい。その匂いを嗅いでいると何となく俺もカレーを食べたくなったので、後で長門に希望を聞いて問題なければカレーにしてしまおう。カレーは二日目の方が美味いとよく言うが、別に初日だって悪くはない。作りたては大抵ゆるくなってしまいがちだが、そう言うのが好きな奴だっているかも知れない。
 スーパーに到着すると、今度は食品の匂いがする。入り口付近にある果物や野菜からも漂ってくるが、特に強いのは魚介類売り場からの生臭さだ。肉のコーナーはそれほどでもなく、他に匂いを感じるところはあまりない。
 そして、袋を抱えて長門の部屋に到着する。
「そう言えば、ここはあまり匂いを感じないな」
 友人の家だとか、自宅以外の家に行くと独特の匂いを感じることが多い。建物に最初から染みついている物や、置かれている家具、よく作られている料理などの匂いなど様々の原因が考えられるわけだが、ここにはそれがない。
 まあ長門の部屋には家具が少なく、匂いの発生源となりうる物が少ないのだろう。家具の多い朝倉の部屋はそれなりに独特の匂いがするしな。ともかく、消臭剤などを置いているわけではないが、きっとこの部屋は匂いが弱いのだ。
「部屋の匂いはカーテンや壁紙などに染みついていることが多い。家具の量はそれほど関係ない」
 長門の部屋は一般的な家庭に比べて物が少ないが、それらの最低限必要な家具はもちろん備わっている。むしろ収納家具が少ないことで壁紙が露出している部分が多く、通常より匂いが染みついていて然るべきだろう。それなりの期間、ここで生活しているわけだしな。
「特別なことをしているのか?」
「何も」
「それにしては、この部屋には匂いがないようだけどな」
「匂いはそれなりにある。あなたの部屋と同程度」
「じゃあ、一体どうして俺はそれを感じないんだ?」
「ここにいる時間が長いからだと思われる」
 言われてみれば、付き合い始めてある程度経ってから毎日のように通っているわけで、慣れてしまっても不思議ではない。下手をすると自宅より過ごす時間が長いんじゃないかってほどだ。
「……自宅に帰って匂いを感じたことは?」
 何を言っているんだ、そんなことが――
「あったかも知れないな」
「そう」
 さすがにもう少し、自宅に帰った方がいいのだろうか。