今日の長門有希SS

 授業が終わる時間は三時半や四時半だが、俺たちSOS団員は放課後の貴重な時間を部室で過ごすことになっている。その時間は状況によってまちまちだが、校門を出る頃には空が赤く染まっているか、暗くなっていることが多い。学校は最寄り駅から遠く、その長い坂道をだらだらと集団下校をしなければならない。これはハルヒに強制されているからというよりも、そこまでが一本道だからと言える。ともかく、解散する頃には六時や七時になっているわけだ。
 それからすぐに家に帰るかと言うと、必ずしもそういうわけではない。俺は長門と交際をしているわけだが、休日もSOS団で過ごすことが多いので二人になれる時間は他の高校生カップルに比べると極端に少なく、下校後のこの時間はそうすることのできる貴重なタイミングと言える。
 てなわけで、一度解散してから合流するのが俺たちの常であり、近くのスーパーで買い物を済ませてから長門のマンションに向かうことになる。時間がないのだから弁当でも買ってしまえば早いのだが、そもそも俺が長門の部屋に通い始めたのは長門の食生活を憂いてのことだ。もちろん自炊の方が食費がかからないってこともあり、食材を購入して長門の部屋に向かう。
 保存しておいたご飯がなければまずは炊飯をしてから料理開始だ。米が炊けるまでの時間を使って何品かおかずを作るわけだが、肉や魚などのタンパク質類と野菜類をそれなりのバランスで使用しなければならない。これは小学校の家庭科でも習うような基本的なものであるが、つい肉だけを適当に炒めて食べようとしてしまうこともあるので気を付けなければならない。
 もっとも、俺たちの年代ではそこまで食事に気を使う必要はないかも知れないが、今から不摂生をしていれば将来的に体を壊すことになる。まあ長門ならどんな栄養素を口に入れても、いや、そもそも栄養素ですらないものを摂取してもエネルギーと変換することができるかも知れないが、俺はそういうわけにはいかない。今はよくても、将来的に生殖能力が弱くなってしまえばそれは大きな損失だ。俺と長門双方にとって、な。
 ともかく、それなりの食事を作るには炊飯中の時間をフルに使わねばならず、食事が終わって食器を片づけた頃には九時を回っているなんてことも珍しくはない。
 部室を出るのが遅かった今日は、それが十時になっていた。ここまで遅くなってしまうのは割と珍しい方だ。これから風呂に入り、寝る準備ができるというのは十一時くらいになるだろうか。それでもまだ、多少は時間があるのが救いだ。明日は週末であり、学校に行く時よりは遅く起きることもできる。
 そう言った考えを吹っ飛ばしたのは、けたたましく鳴り響く携帯電話だった。液晶に表示されているのは涼宮ハルヒの文字列。それを見るだけで嫌な予感がする。
キョン、明日は駅前に五時集合ね。始発で遠くに行くから」
 その用件だけを告げて電話は沈黙する。俺に反論する余地は残してくれないらしい。
長門、五時集合だってよ」
「そう」
 本に視線を落としたままことも無げに言う長門だが、五時集合というのはもちろん五時にここを出ればいいってわけじゃない。ここから駅まで移動する時間、それと朝の準備の時間を考えると、三時半や四時には起きなければまずい。風呂に入った後も頭を乾かさねばならないので、睡眠時間は四時間や五時間ってところか。勘弁してくれ。
長門、とりあえず風呂に入るか」
「……」
 はっと気づいたように顔を上げ、こちらに顔を向ける。
「沸かすのを忘れていた」
「そうかい」


 シャワーを浴びて布団に入り、電気を消した。寝るにはまだ早い時間だが、寝なければ明日一杯体が保ちそうにない。何しろハルヒは始発でどこかに行くと言いだしたのだ、帰ってくるのが夕方だとしても十二時間程度は動き回ることになるだろう。
 目を閉じて睡魔がやってくるのを待つが、なかなか眠気はやってこない。それは長門も同じようで、時折もぞもぞと動く気配がする。
長門、寝れそうか」
「少し」
「そうか、話しかけて悪かったな」
「いい」
 しばらくすれば長門が寝入るはずだ。俺もこのまま目を閉じていれば、いつかは眠ることができる。睡眠時間が少なくても、寝転がっているだけで体は休まっているはずだしな。
 しかし、こうして二人きりなのに並んで眠るだけなんてもったいない。もちろん長門と交際しているのは性的な行為がしたいからだけではないのだが、好き同士でいるからにはそう言った行為もしたいのが男の悲しい性だ。ここ数日、タイミングの問題で長門と二人で過ごす夜が少なく、少しだけ溜まっていたりもする。
「なあ、少しだけ抱きしめてもいいか?」
「いい」
 布団の中で長門の体に手を回し、軽く抱きしめる。小柄な長門の体はすっぽりと俺の手の中に収まる。
 俺の顔の前には髪の毛があり、少しだけ顔がかゆくなるのだが、そんなことはどうだっていい。こうしているだけで精神的に満たされてくる。
 肉体的にも、それなりに満たされたいというのが男の悲しい性。しかし早く寝なければならないので、長門の体に触れて性的な刺激を与えたり与えられたりするのは極力避けなければならない。
 長門の体が猫じゃらしのようにもぞもぞと動き、少しずつ上に移動する。俺の目の前に現れた長門の顔は、うっすらと目を閉じていた。聞くのは野暮ってものなので、俺は長門の意向に添うことにする。まあこれくらいなら、問題ないよな。


 結局、その夜は満足に眠ることができず、集合時間を過ぎてからハルヒに電話で叩き起こされることになるわけだが、それはまた別の話。