今日の長門有希SS

 6/146/166/17の続きです。


 俺たちはコンピ研の扉の前までやってきた。まあやってきたと言ってもお隣さんだが。
 ドアノブに手をかけようとして、俺は動きを止める。
 さて、こういう時、一体なんて言えばいいんだ? ただマスクを高値で売ったこと自体は本来俺たちが責めるようなことではない。だが、それでハルヒに損害を負わせ、間接的に世界を危機に陥れているのだから、何か言ってやらなきゃすまない。
 オークションを使って取引をする時にはお互いの名前がわかるわけだし、ここにいる奴らはハルヒにマスクを売りつけたことを自覚しているはずだ。ハルヒはコンピ研にいる奴の名前なんぞ知らないだろうけどな。
 ともかく、ハルヒに売りつけたってことは俺たちSOS団にとっても――


 がちゃり。


「……」
 ドアを開けた長門が、不思議そうに俺の顔を見上げている。
「いや、こういう時、どんな風に殴り込めばいいのかと思ってな」
「たまに顔を出すからわたしにとって特別なことではない」
 そういやそうだったな。
 ん?
 長門がたまに顔を出しているのに、マスクを転売していたことを知らなかった? もしコンピ研の誰かがやっているなら、ハルヒのパソコンを調べなくてもわかっていたような気がするが。
 考え事をしている俺をよそに、長門はすたすたとパソコンの並ぶ部室の中に入っていく。長門はともかく、俺たちが来ていることは珍しいようで、存在に気づいた何人かは不思議そうにこちら側に顔を向けている。
 長門はすぐに部長氏の元に直行し、ぼそぼそと何かを呟く。それで席を譲られた長門はかたかたとパソコンを操作し、すぐに戻って来る。
「……なんだったんだ?」
「オークションで涼宮ハルヒにマスクを売った人物は、ここのパソコンを経由してネットに接続していた。わたしも気が付いていなかったセキュリティホールを利用し、ここのパソコンを踏み台に――」
 そこで長門は俺たちを見回し、俺と朝比奈さんの方に顔を向ける。
「簡潔に言えば、その人物はこの場所にはいない。ここにあるパソコンは何者かに利用されただけ」
 振り出しに戻った、のか。
「そうではない。ここを中継していたデータの出所は追跡できている」
 よくわからないが、犯人の居所がわかっているってことでいいんだよな?
「そう。この学校の中にいる」
 というと、長門は歩き出す。行き先がどこか知らないが、長門に任せておけば大丈夫なはずだ。
「そこも中継点である可能性がありますね」
 技術的なことは全くわからないが、古泉が言うことも最もだ。そいつが利用しているのが、コンピ研だけとは限らない。
「仮にそうだったとしても、更に追跡すればいい。でも、そこは踏み台にするようなパソコンが常備されているようなところではない」
 確かに俺たちが今上がっているこの階段の先にあるのは、そのような部屋ではない。そもそも、部屋ですらない。
「着いた」
 長門がドアを開けると、オレンジ色の空が飛び込んでくる。
 夕暮れの屋上に、茶色の壁。そしてその前に置かれた椅子の上にいたのは、
「あら、こんにちは」
 多少は予想できていたというかなんというか、喜緑さんだった。
「あなたがマスクの相場を操っていたんですね」
 まあこのお方なら、それくらいはできてしまうだろう。実際、壁のように見えていたのはぎっしりと積み上げられた段ボールで、その中身がマスクであることは容易に想像できる。
「ふふっ、ばれてしまっては仕方ありませんね。そうです、新型インフルエンザの発生源は実はここです」
「その段階から!?」


 その後、インフルエンザを開発し蔓延させつつ日本中のマスクを買い集め、そもそもオークションサイトを立ち上げた張本人であるところの喜緑さんにハルヒの出品したマスクを買い取らせることで今回の事態は解決した。
 だが俺たちは忘れてはならない。こんな事件はまだ起きうる可能性が――
キョンハレー彗星が近づいてきたら地球上の酸素がなくなるって知ってる!? 早く自転車のチューブを買い占めないといけないから協力しなさい!」
 やれやれ。