今日の長門有希SS

 6/146/16の続きです。


 やらかしちまったもんは仕方ない。
「結局、ハルヒがいくらか損したってだけだよな。まあ五万は高いがギリギリどうにかできるレベルの金額だろ」
「しばらくは僕のバイトが続くかも知れませんね」
 その程度で済むなら大したことじゃない。それ以上のことを何度も経験しているんだ。
「理由はわかったし、そろそろいいんじゃないのか?」
「……」
 俺の言葉が聞こえていないように、長門はモニタを見つめている。
長門?」
涼宮ハルヒは聡明。仮に暴落が起きても、マイナスを発生させるほど損をするとは思えない」
 まあ実際、起きてるけどな。
「まだ確定していない」
「これから売れるってのか?」
 あれだけ不足していたんだ、マスクを作ってる業者だって追加で作ったりしているだろう。で、余ってる結果が今なんだよな。
涼宮ハルヒが売ることを諦めなければ、今あるマスクが足りなくなるほど需要が発生する事態も考えられる。実際、まだインフルエンザは完全には収束していない」
 てことはなんだ、このまま何もしなければインフルエンザがシャレにならない事態になるってこともありえるってのか。
「そう」
 相変わらず厄介なことを。そうなりゃハルヒの抱えてるマスクはなくなってくれるが、蔓延してるインフルエンザの方が問題だ。
「流行が続けば、毒性が高まると聞いたことがありますね」
 どうすりゃいいんだ。
「あのぅ、涼宮さんが売ってるマスクをあたしたちで買ったらどうかなぁ」
「やっぱりそれしかないですかね」
 穏便に解決する方法はそれしかないか。問題があるとすれば金銭的なものだが、四人いればなんとかなるだろ。最悪、鶴屋さんに借りるという選択肢もなくはない。
「じゃあ長門ハルヒが出品してるやつをピックアップして落札できるか?」
「その前に一つ確かめたいことがある」
「何をだ?」
「オークションでのマスクの売れ方に不審な点がある。調べるためには、業者のサーバーに記録された情報にアクセスする必要がある」
 長門は俺を見上げてくる。
「まあ、いいんじゃないか」
「わかった」
 言うと長門は、モニタに顔を戻してキーボードをカタカタと打ち始める。何やら見たことのないウィンドウが表示されているが、まあそういうことだろう。
 しばらくして、長門の手がぴたりと止まる。
「何かわかったのか?」
「マスクの高騰はやはり意図的に引き起こされた可能性が高い。高額で成立した取引のうち、出品者と落札者が同一のIPアドレスになっているものがいくつもあった」
「自作自演……ということでしょうか」
「そう」
 よくわからないが、自分で出品して自分で落札していたのか。そう言うのを何件か見て、ハルヒも踊らされたってわけか。
涼宮ハルヒの出品したマスクを落札したのも、それと同一人物の可能性が高い」
 なんだって?
「この人物は、自分の出品した分を落札しただけでなく、他人が出品した物も落札している。ある時期に出品されたマスクの大半はこの人物の元に集まっていたと予測される。それによって、マスクを出品すれば確実に落札があると認識させることに成功した」
 一時期、マスクがなくなっていた影ではそんなことが起きていたのか。で、そこらの店で買えなくなった者が、オークションで買い取ってまで売るようになった、と。
「そう」
 なんて大がかりなんだ。そんなこと、個人でできるもんなのか?
「普通はできない。でも、これは恐らく……」
 珍しいな、長門が言いよどむなんて。
「どうした? 心当たりでもあるのか?」
「このIPアドレスが使われている場所について調べたい」
 別に調べるのはかまわないが、パソコンでできることなのか? まさか現地に行くってわけじゃないよな。
「行く。ここから一分もかからない」
 そんな近くに? いや、長門なら行こうと思えば一分でどこまででも行けるな。
「あなたの足でもそれほどかからない。なぜならその出所は――」
 と言うと、長門はすっと横を見る。
「隣だから」
 長門が見ている方向にあるのは、コンピ研の部室だった。