今日の長門有希SS

「お茶が入りましたぁ」
「いつもありがとうございます」
 朝比奈さんの淹れてくれたお茶を飲みほっと息を吐く。俺も何度かお茶を淹れているが、この味には勝てそうにない。
 放課後、こうしていると授業で疲れた心が落ち着く。それほど頭を使わず古泉とトランプをしているのも不本意ながらそれに一役買っているかも知れない。
 ここのところ大きなトラブルもなく、言ってみれば俺たちは退屈だった。団長様が何かを提案すればこうはいかなくなるのだが、ここのところそれもなりをひそめている。
 横目で見ると、ハルヒはモニタを見つめてカチカチとマウスをクリックしている。
 そう言えば、ここのところハルヒはずっとこんな調子だ。パソコンを使って勝手に楽しんでいるなら問題はない。前のめりになって熱中しているようだ。
「……ハルヒの奴、なんかおかしくないか?」
 何をやってるのか知らないが、ちょっとのめり込みすぎじゃないだろうか。思い返してみると、今日は朝から様子がおかしかった。
「あなたもそう思いますか」
「まあな」
 顔を上げると、心配そうな顔をハルヒに向けている朝比奈さんが目に入った。気づいていなかったのは俺だけだったのだろうか。
「ごめん、今日はもう帰るわ」
 溜息をついて立ち上がると、ハルヒは鞄を掴んで部室を出ていく。
「で、どうなってるんだあいつは」
「ここ数日、涼宮さんの精神状態はいいとは言えない状態でした。閉鎖空間は発生していないのでまだ大丈夫だとは思いますが、何か思うところがあるのでしょうか」
「いつからなんだ? 俺が気づいたのは今日なんだが」
「一週間ほど前まで機嫌がよかったんですが、徐々に気分が落ち込んでいるようです。表には出さないようにしているようですね」
 言われてみれば、ちょっと前にやたらテンションが高い時期があったな。何か欲しい物がないかと聞かれたが、おかしな事態を招いても困るから適当にあしらっておいたはずだ。
 あの時どう答えたのか覚えちゃいないが、ひょっとするとあれが何かの前触れだったのか。
長門、何が原因だと思う?」
「理由そのものはわからない」
 そうだよな、長門だって万能ってわけじゃないんだ。
「でも、パソコンを使っている時の様子は少し異常だった。それが関係している可能性は高い」
 やっぱりそれか。
「パソコン、ねえ」
 ハルヒがいつも座っている席まで移動してパソコンを立ち上げる。OSの起動する画面がしばらく表示され、デスクトップ画面が表示された。
「おかしなプログラムは入ってないようだな」
 ハードディスクの中をチェックするが、特別なソフトウェアは見あたらない。変なゲームにでも熱中しているのかと思ったが。
「何に熱中していたんだ、あいつは」
「ブラウザでどんなホームページを見ていたか確認してはいかがでしょうか。プライバシーに関わる可能性があるので控えたいところですが、今回は緊急事態です」
「そうだな」
 まあ、プライバシーつったって、部室で問題のあるサイトは見てないだろ。
「ええと、どうするんだ?」
「手伝う」
 いつの間にか横に来ていた長門が、マウスを持った俺の手の上に自分の手を重ねる。
「ここで履歴を表示させて、こっち」
 画面の左側に履歴と書かれたウィンドウが表示される。
「あまり見てないようだな」
 いくつか表示されるのは、SOS団のホームページや有名なサイトのアドレス程度だ。
「特におかしなサイトは……ん?」
 その有名サイトのアドレスのところだが、大量のアドレスが表示された。
「オークション? 何か買いたい物でもあるのかあいつは」
 買いたい物?
 何か引っかかったような気がするが、それが何かはわからなかった。
「……」
 俺の手の上からマウスを操作しながら、長門は食い入るようにモニタを見つめている。
「何かわかったのか?」
「恐らく」
長門さん、それは何でしょうか?」
 黙って様子をうかがっていた古泉が口を挟んでくる。それだけ心配してるってことだ。
「断言はできない。まだ可能性の段階」
「別にそれでもかまわないさ。言ってくれ、ハルヒは何を買おうとしてるんだ?」
「……」
 俺の顔を見つめてくる。
「それは違う。涼宮ハルヒは何かを買おうとしているのではない」
「じゃあ、このオークションは関係ないのか?」
「関係ある」
 どういうことだ?
「その逆。涼宮ハルヒはオークションを使い、ある物を売ろうとしている」