今日の長門有希SS

「悪いところがあるんですか?」
 放課後の部室、いつものように夕方までの時間を将棋などをして潰していると、正面に座る古泉がそんなことを口にする。
「何の話だ?」
 勝負は今のところ俺が優勢である。どちらかというと、俺より古泉の方に色々とありそうだが。
「いえ、そういうことではありません。先ほどから首を曲げたり回しているのが気になったもので、どこか痛めたのかと思いまして」
「今朝からなんとなく痛くてな」
 自分じゃ気づかないもんだが、そんなに動かしてたのか。
「あたしも少しだけ気になってました」
「授業中もうざかったわよ。おかげで今日の授業に全然集中できなかったんだから」
「読書をしていても視界の隅で動いているのが見えた」
 マジかよ。
「どこ痛いのよ。肩? 首?」
「首がこってるような感じだ」
「首ねえ……そうだ、あたしいい物持ってるのよ」
 と言うとハルヒは、ごそごそと自分の鞄をあさり始める。
 何か、嫌な予感がするな。
「こってると言っても大したことはないぞ」
「なに遠慮してんのよ。ちょっと待ちなさい……あった」
 ハルヒが取り出したのはプラスチックの丸いケースだ。中に画鋲を大きくしたような物がいくつか入っている。
「なんだそれは」
「お灸よ」
 一般的にお灸と言えば、何か干した草みたいな物を山のように盛って火を付けるようなイメージがあるのだが、最近じゃそんな物もあるのか。
 って、それよりどうしてお前はそんなものを学校に持ってきてるんだ。
「最近ちょっと肩がこってて、お灸がいいって聞いたから買ってみたのよ」
「効くのか?」
「さあ」
 さあ、ってお前。
「まだ試してないのよ」
「もしかして、俺を実験台にするつもりなのか?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃないわよ。確かに熱いのはちょっと怖いけど、たまたま使うタイミングがなかっただけよ」
 学校に持ってきているあたり、誰かに使おうとしていたようにしか思えないんだけどな。
「うるさいわね。ごちゃごちゃ言うならやってあげないわよ!」
「……悪かったな」
「ま、仕方ないわね。あんたも反省してるわけだしやってあげるわよ」
 俺としては別にお灸などしたいわけじゃないんだが、ここで拒否すると機嫌を損ねて面倒なことになることが明らかだ。
「まずうつ伏せになりなさい」
 どこにだよ。まさか床に寝ろって言うんじゃないよな。
「古泉くん、敷くものなかったっけ」
「それならこの体育用マットはどうでしょう。こんなことがあろうかと用意しておきました」
 こんなことって何だよ。一体、どんな時にマットが必要な事態になるんだ。
「お灸を使う時、じゃない」
 そうかい。
「じゃあマットに横になって……あ、服は脱がなくても大丈夫よ」
 言われるままマットに横になる。
 マットはどことなく湿っているというか、湿気を吸っているような感じがした。
「えーと、確か首のツボは……」
 と、ハルヒは俺の首をまさぐってくる。
「こら、暴れるんじゃないわよ」
「くすぐったいんだよ」
「それくらい我慢しなさい」
 じゃあその、触れるか触れないかみたいな手つきで触るのはやめてくれよ。もっとべったり触られるのは大丈夫なんだが。
「わがまま言ってんじゃないわよ……と、確かこのあたりだったわね」
 俺の後ろ髪をめくりあげ、その下に何かを貼り付ける。いや、何かってのは間違いなくお灸だよな。しかし、シールみたいになってるんだなお灸って。
「じゃあ火を付けるけど暴れるんじゃないわよ」
 カチカチと首の後ろから音が聞こえてくる。高校生がライターを持っているってのは普通ならば喫煙を疑うところだが、ハルヒはそんな奴じゃないし、そもそも今回はお灸のために持ってきていただけだろう。どんだけ準備がいいんだ。
「付いたわ。熱い?」
「わからん」
 言われなければ火が付いてるなんてわからないくらいだ。
「初心者向けって書いてたし、すぐには熱くならないのかしら……熱くなったらすぐ教えなさいよね」
「へいへい」
 しかし、マットにうつぶせってのはなかなか苦しいもんだ。枕でもあればまだ大丈夫なんだが。
「ところで、首がこるって何をやったのよ?」
「別に変わったことをした覚えはないんだが」
 体育で激しく運動したわけでもないし、寝違えたのだろうか。
「心当たりがなくもない」
 と、口を開いたのは長門だ。
「なに?」
「昨夜、彼はわたしに覆い被さって普段よりも激しく濃厚かつ執拗にキスをしてきた。その時に首を傾けていたから、それが原因と思われる」


 マットにうつぶせになったまま、ハルヒにライターを使っていたぶられるわけだがそれはまた別の話。