今日の長門有希SS

 尿道球腺液をご存じだろうか。
 まあこの名称はあまり一般的でなく、どちらかというとカウパー氏腺液の呼称の方が馴染みがあるかも知れない。なぜカウパー氏かというと、ウィリアム・カウパー氏が発表したからに他ならない。似たような名付けられ方をした物と言えばバルトリン腺液があるが、今回の話にはあまり関係がないのでここでは説明を省くことにしたい。
 ともかく、これもまだ知られたものとは言えない。正式な名称ではないが、やはり『ガマン汁』や『先走り液』などの俗称の方が知名度が高いと言わざるを得ない。
 さて、これらは男性器から分泌するある液体のことを示す言葉である。男性器から放たれる物は二種類だと思われがちだが、これはそのどちらにも該当しない液体だ。まあ、どちらかというと尿じゃない方に近い液体ではあるのだが、基本的には生殖能力のない液体である。しかし場合によっては生殖能力を持つこともあり、油断してはいけない。
 この液体は子作りを円滑に行うために分泌される液体である。子孫を残すための種が死なない環境を整えるためであったり、性的な行為の最中に摩擦をやわらげるためであったり……前者については子作りを望まない場合には困ることもあるのだが、性行為の本来の目的を考えると仕方のないことであろう。後者については天然のローションだと言えばいいだろうか。


 ともかく、俺がこんなにもカウパー氏のことを考えている理由は、最近それが分泌する機会が増えたからである。もちろん性行為の最中にも分泌しているのだが、そう言った行為の最中には衣類を身にまとっていないことが多いので、あまり気にする必要はない。そもそも体中が様々な液体でしっとりすることが前提となっているのだから。
 敢えてそれを問題にしているのは、服を着用している時にもそれが出てしまうからである。
 なぜそうなっているか、順を追って説明しよう。
 まず、ここの何日か俺は長門としばらく夜を共にしていない。まあそういった行為は朝や昼に行っても何ら問題はないのだが、とにかく俺は長門とそのような肉体的接触を行っていないということを明言したい。
 そうなったきっかけには心当たりがあり、数日前の夜にさかのぼる。
 その日、俺と長門はやはり衣類を身につけない状態で絡み合っていた。プロレスや相撲をしていたわけではなく、若い男女としては一般的な行為を行っていたわけだ。まあ、その時にしていた行為が本当に一般的だったかと聞かれると素直に首を縦に振ることはできないのだが、ともかく、俺たちは恋人らしく時間を過ごしていた。
 だが、その日は少しその行為に集中できないでいた。今では覚えちゃいないが、何か関係ないことを考えてしまっていた。赤いろうそくを見て、クリスマスを連想したとかその程度だ。
 態度には出していないつもりだったが、それに気づかない長門ではない。長門のことは俺が一番わかっているのと同様に、俺のことは長門が一番よくわかっている。だから、俺がその行為に身が入っていないということに長門は気が付いた。
 だが、長門はその場で指摘するような無粋な奴じゃない。俺が関係ないことを頭から追い払い、行為に熱中し、もうそろそろ……という時になってから「気分が乗らないなら今夜はもういい」と言い放ってさっさと眠ってしまうのが長門だ。
 俺はしばらく何が起きたのかわからず呆然としてしまい、硬直から解けたのは長門の寝息が聞こえてからだった。まあ、硬直が解けたからと言って、拘束が解けたわけではなかったので体の自由を取り戻したのはそれから数分後であるが。
 ともかく、それから何日か俺たちは性行為を行っていない。朝倉が来たり早く家に帰らなければいけなかったりと理由はあるが、以前ならばそんな時でもどうにか時間を捻出していた。しかしそうならないのは、やはり長門のへそを曲げさせたことが原因であろう。
 そんなわけで、俺はここ数日性欲を持て余している。もちろん性行為が長門と交際する主目的ではないのだが、お互いに好き合っている以上それをしたいと思うのは不自然ではないだろう。俺はまだ若く精力に満ちあふれている上に、長門の薦めに従って性行為につよくなるような食生活に心がけているのだ。サプリメントや栄養バランス、全ては長門との性行為を充実させるためのものだ。
 だから、この数日は本当に厳しい。ちょっとしたことで男性器が膨張してしまい、その際にカウパー氏腺液が分泌されてしまう。特に性的なことを考えなくても大きくなってしまうのは男性ならば誰でも経験していると思うが、そのたびにカウパー氏腺液が漏れていると考えて頂きたい。
 まるで残尿のように下着の中で漏れ出る液体。不快であることはもちろん、これを長門に対して使えないのが本当に悔しかった。この液体には少量ながら俺の子孫となるべきものが含まれることも考えると、より悲しい。いや、別にまだ長門と子供を作ろうと思っているわけじゃないのだが、俺は常に絶望感に苛まされているのだ。
「ちょっとキョン、授業中になんで泣いてるのよ!」
「つい、アクビしちまっただけだ」
 授業中に大きい声をだしてくれるなハルヒよ、教室中の視線が集まってしまったじゃないか。特に朝倉なんて俺の事情がわかってるのか頬を赤く染めて下の方を見ている。
 それはそうと『視線』って言葉は『カウパー氏腺液』とちょっと似てるよな。


 俺はその日の夜に長門に謝罪をすることになる。その時のことはまた一つのドラマであるのだが、今回は関係ないのでここでは述べない。
 ただその後日、学校の近くで裸の若者が徘徊していたという噂が流れることになったことだけは述べておく。