今日の長門有希SS

 時間の進み方は、何をしているかによって違って感じられる。同じ一時間でも、授業を受けている時と遊んでいる時ではその差は歴然だろう。もちろんそれは本人の感じ方が違うのであって、本当に時間の流れが違っているわけではない。
 退屈な時間は早く過ぎ去って欲しいと思い、楽しい時間は終わって欲しくないと思う。わがままと言われればそれまでだが、誰しも一度はそう考えたことはあるはずだ。


 今はそのどちらなのかというと、早く過ぎ去って欲しいと思っているところだ。
 大きなマンションの一室の、殺風景な部屋の中――俺は長門を待っていた。
 この部屋には娯楽はない。長門が読むような本は俺にはちょっとレベルが高いし、俺が持ち込んだ本も読み尽くしてしまった。やることのない俺は、コタツ机の上の湯飲みを眺めながらぼんやりと座っている。
 なんとなく湯飲みを手にとって口に当てる。
「ぬるい……」
 中のお茶はすっかり冷め切っている。元々美味く淹れられたわけではないが、こうなると輪をかけて不味く感じられる。
 かといって、わざわざ淹れ直す気にもなれない。そもそも飲みたかったわけじゃない。俺はただぼんやりと、そこに座って湯飲みを眺めているだけだ。
 果たしてどれくらいの時間、ここで過ごしているのだろうか。短かったようにも、長かったようにも感じられる。一時間だったと言われても、数年だったと言われても、俺はどちらでも信じてしまいそうだった。
 そう言えば、俺は長門と付き合い始めてどれくらいの年月が経ったのだろうか。長門なら知っているかも知れないが、俺はどうしてもそれが思い出せなかった。まあ、付き合っている期間なんてどうでもいいことだけどな。
 待ち疲れて思考がまとまらない。俺の頭の中では、ぐるぐるとどうでもいいことが駆けめぐっている。
 例えば、こんな話。
 ネットなどでよく見かける画像では、スカートの中が見えていても下着が見えていないものがある。まあスカートがめくれたからといって必ずしも下着が見えてしまうわけでないが、見えていてしかるべき角度なのに下着が見えないという状態だ。
 下着を描いてしまうことによってアダルトに分類されてしまうのだが、それを回避するための手段がこれだ。下着を描いてはいけないのなら、描かなければいい。もちろん陰部などを描くわけではない。
 もちろん、そのキャラクターが下着を着用しないような破廉恥な性癖をしているというわけではない。ただそこにあるべき下着が描かれていない、というだけのこと。
 ともかく、この状態のことを専門用語で『シュレディンガーのパンティ』と言う。そこに下着があるかどうかは観測されていないので確定していないというわけだ。
 こんな話もある。世の中には性別が不詳のキャラクターがおり、基本的には男性と分類する者が大半であるが、性別が明言されていないが故に女性であると考える者も存在する。基本的には幼い男の子であることが多いが、場合によってはそれなりの年齢のキャラクターだってそんな扱いをされることがある。
 こういったキャラクターのことを『シュレディンガーのちんちん』と言う。下着の中が観測されない限り、そこに男性器があるか否かはわからない。わかる必要もない。
 ただ、そんなに可愛いキャラクターが女であるはずがないと言うわけだ。


 気が付くと、目の前に長門が座っていた。
「起きた?」
 どうやら俺はうたた寝をしていたらしい。いつの間にか帰ってきた長門は、いつの間にか目の前に座っていた。
 どれほど長門と離れていたのか、長門がどこに行っていたのか、俺はもはや思い出すことができなかった。俺にとっては長門といるのが当たり前で、別々にいることはもはや想像できないからだ。
「はい」
 長門が俺の前に差し出す湯飲みからは湯気が上がっていた。知らないうちに淹れ直したらしいそれを口に含む。
「美味いぞ」
「お茶菓子もある」
 コタツ机の中心からやや長門よりにあった器を、長門はすっと押し出してくる。上には数種類の煎餅が盛られている。
「悪いな」
 煎餅は口の中でパリッと小気味のいい音を立てて割れる。かみ砕き、口の中に残ったカスをお茶を使って流し込む。
「そう言えば、言ってなかったな」
「……」
 長門はじっと俺の顔を見ている。
「おかえり」
「ただいま」