今日の長門有希SS

 誰にでも気の迷いというものはある。
 俺は一人、ベンチに座ってぼんやりと人混みを眺めていた。


 休日、SOS団の活動もない今日は完全にフリーだ。いつもならこのような日は長門と過ごすと相場が決まっているのだが、珍しくそうはならなかった。
「たまには女同士水入らずで、ね」
 などと朝倉が連れて行ってしまったからだ。三人で行ってもいいんじゃないかと思ったのだが、ファッション系の店を中心に回ると言われたら無理に着いていくこともできないし、何より長門も二人で出かけることを望んだ。
 長門にとっては朝倉だって大切な存在であり、二人で過ごす時間も欲しいと思うことだってあるだろう。俺と長門は交際しているわけであるが、いつも一緒にいなければならないわけじゃないのだ。
 だから、俺が除け者にされたというようなことではない。久々の休日に俺が長門と過ごしていないのは、たまたまそう言うタイミングだったというだけだ。
 ともかく、長門のいない休日は退屈だった。部屋でごろごろと本を読んでも妙に集中できない。テレビはつまらない。一時間くらいは経ったか、と思って時計を見ても十五分ほどしか進んでいなかったりもした。
 そんな時は誰かに会えばいい。長門だって朝倉と買い物に行ってることだし、俺もそうすればいい。いや、朝倉と出かけるわけじゃない。俺にだって友人くらいはいるってことだ。
 というわけで、まず俺が電話をすることにしたのは谷口だった。電話をかけると大抵は暇そうにしているからだ。
 週末にはナンパをした相手と遊び回っていると言っていたが、たまたま俺がかける時はタイミングがいいのだろう。
「おお、どうした?」
 数コールの後に繋がった。谷口の声が聞こえないということはないが、後ろが騒がしいので街にでも出ているのだろう。
「今日は暇か?」
「悪い。これから映画なんだ」
 まあたまにはそんなこともある。きっと映画好きな相手をひっかけることに成功したのだろう。
 谷口はかつて「休日は女と過ごすためにある。男と過ごすのなら、それは休日ではなく平日だ」と言っていた。意味はわからない。
「わかった。またな」
「ああ」
 電話を切る。
 もちろん俺には谷口以外の友人だっている。次に思いついた相手を呼び出す。
「もしもし?」
 受話器越しに聞こえてきたのは聞き慣れた国木田の声だ。こちらも谷口同様、休日は暇そうにしている。
「何してる?」
「あれ、もしかしてキョンも暇だった? だったら誘えばよかったねえ」
 失敗した、というのが伝わってくる。まあ俺はSOS団の活動があるか長門と過ごしているので大抵の休日は埋まっており、国木田が何かやろうと思った時に最初から除外するのはある意味で当然と言えた。
「その調子じゃ、今から合流ってのは難しそうだな」
「そうだね。もう映画が始まっちゃうから」
「そうか」


 だからこれは、気の迷いである。
「お待たせしました」
 ハンカチで手を拭きながら戻ってきた古泉は、今出てきたのが便所であるなんて思わせないハンサムスマイルを浮かべている。
 退屈だった俺は冷やかし半分で古泉に電話をしてしまった。そして古泉も暇を持て余していたので、たまには二人で出かけようと言うことになったわけだ。
 これが気の迷いでなく何だというのか。
「何をやってるんだろうな」
 休日にSOS団の面々と会うことは少ない。交際している長門とは言われなくても会っているが、ハルヒが集めた日以外、他のメンバーと会うことは特別な用事でもない限りない。
 ハルヒは退屈しないのは確かだが疲れるし、朝比奈さんはわざわざ俺に時間を取らせてしまうのはなんとなく申し訳ない気がする。古泉は……会う必要なんてないはずなんだがな。
「さて、今日はどうしましょうか」
 なんとなく大型商業施設に来てみた俺たちだが何をするか決めていない。色々なテナントが入っているので買い物には困らないが、もっと選択肢が絞られていた方がよかったかも知れないな。目的がない時に店が多いと逆に困ってしまう。
「なんか見たい物はないか?」
 こういう時は丸投げしてしまうに限る。長門といる時は俺が引っ張っていくことが多いのだが、たまにはそんなのもいいだろう。
「特にありません」
 終了、だ。
「色々と見て回って、気が向いた物を買うのがいいのではないでしょうか。時間がないわけではありませんし」
 時間がないというより、ありすぎて困っていると言った方がいい。
「仕方ない、そうするか」
「ええ」


 というわけで、俺たちは無差別に店に入りだらだらと店を回って過ごした。もちろん女性物の服屋などは避けていたが、冷やかしのつもりで女性向けの雑貨屋に入って、意外といいものがあって時間を食ったりもした。
 結局、古泉と別れる頃には俺の手には海外産のよくわからない菓子が数点あった。もちろん衝動買いだが、古泉もよくわからないハーブティーをいくつか買っていたので似たようなもんだ。
 持って帰った輸入菓子は予想通りというかあまり美味くはなかったが、長門は好みだったようなのでよしとする。