今日の長門有希SS

 本来、客をもてなすのは家主の仕事である。だが俺のようにほぼ毎日通っている場合は客と言えず、むしろ俺が長門のために茶を用意することだって珍しくないくらいだ。
 茶を淹れるとか飯を作るとか、もはやこの部屋の台所は自宅のそれよりも利用している回数が多いだろう。どこに何があるかほぼ暗記しており、目を閉じた状態でも湯を沸かすくらいならできるように思える。
 だが、上には上がいるものだ。俺以上にこの部屋の勝手を知っている奴もいる。
「これ食べる時に温め直してね」
 そう言って上がり込んできた朝倉は、持ってきた鍋をコンロに置く。別に俺たちに食べさせるために作っていたわけでなくても、つい作りすぎてしまうことはよくあるらしい。まあ俺だって二人分を作ろうとして多くなってしまうことがたまにあるからよくわかる。
「今回は何だ?」
「肉じゃが」
 それはいいな。肉じゃがは彼女が作る定番料理と言われているものじゃないか。
「……」
 いや別に朝倉が彼女だと言っているわけじゃないぞもちろん。
 このあたりで朝倉が何か突っ込んでくるかと思ったが、予想に反して無反応だった。と言うか、鍋の前でそのまま突っ立っている。
「どうかしたか?」
「ちゃんと掃除してる?」
 近づいてみると朝倉はコンロをじっと見ていた。
「一応、洗おうとはしたことあるんだけどな」
 鍋やフライパンを置く金具、そして火の周りにある受け皿部分に黒くこびりついた汚れは簡単には取れなかった。まあこすれば多少は取れるのだが、労力に見合っていないことに不毛さを感じてつい止めてしまった。
「こういうのは普通にやっても取れないよ」
「じゃあどうするんだ?」
「仕方ないなあ」


 一度部屋から出ていった朝倉は、戻ってくると大量の荷物を持っていた。ブラシや洗剤はともかく、その鍋はなんだ。
「これは五徳と受け皿を煮るものね」
 言いながら朝倉はコンロから台を引っぺがす。それ五徳ってのか。
 ともかく、いくら鉄分が不足したとしてもそんなのは食いたくないもんだな。
重曹を混ぜた水の中に入れて火にかけたら汚れが落ちるの」
 色々な方法があるもんだ。
「これをやる時は火を使わなきゃいけないから、他の部分を後にした方がいいかな。それとも、こっちを後回しにする?」
 慣れてないからその辺は任せる。もちろん朝倉だけに全部やらせるわけじゃないけどな、半分くらいは俺が汚したようなもんだ。
 残り半分はここの家主だ。
「本当、すっかり汚くなっちゃって……」
「悪かったな」
「ううん、悪い意味じゃないの。むしろ嬉しいかも」
 嬉しい?
「初めて見た時、このコンロって汚れてた?」
 あまりにも長く過ごしすぎてもはや記憶が薄れつつあるが、最初にこの部屋に来た時はあまりの生活感のなさに驚いたもんだ。その時は台所まで見てないが、あまり使い込まれていない台所だったように思う。
キョンくんが来るようになってから、それだけここで色々作ったってことだよね。こんな風になるくらい」
 言われてみればそうだ。徐々に汚れていったから気づいてもいなかったが、それだけ長くここにいるという証明でもある。
「じゃあ……そろそろ始めようか。まずはどうしようかな」
「……」
 長門が外していた五徳を取り付け、テーブルの上にどかしていた鍋をそこに戻して点火する。
「何をしてるんだ?」
「掃除している間は火を使えなくなる。まずは食べてから」
 と言うわけで、まず俺たちは肉じゃがを食べることから始めた。