今日の長門有希SS
長門の部屋にいるとたまに回覧板が回ってくることがある。住民向けの情報なので俺には関係のないものであり、いつも長門が内容をざっと確認して次の部屋に回している。
家にいる時よりも見かける機会が多いが、恐らく回ってくる頻度はこのマンションでも我が家でもそれほど変わらないはずだ。家には俺しかいないわけでないので、昼間などにおふくろが処理してしまった回覧板が俺の目に触れないわけだ。
しかし、こんなマンションじゃ近所づきあいもないだろう。隣に住んでいる人間の顔を知らないなんて話もあるし、回覧板なんてほとんど意味を成していないだろう。実際、長門もぱらぱらとめくっているだけだ。
「そんなことはない。回覧板は貴重な情報源」
まあ、長門なら一瞥しただけで内容が頭に入るだろうし、そもそもじっくり見る必要ないのかも知れない。
しかし、そんなに重要なことが回覧板に書かれていると言うのか?
「このマンションは行事が多い。例えばこれもそう」
長門が開いて俺に示したのは運動会がどうこうと書かれた藁半紙だ。
「運動会?」
「今年で三回目になる」
「ちょっと見せてくれ」
紙に書かれた要項を見ると、このマンションから目と鼻の先にある小学校のグラウンドで行われるイベントのようだ。日曜の朝から始まり終わるのは夕方。終わった後には居酒屋で打ち上げもあるようだ。
「……こんなことをやってるのか」
「それだけではない」
ぺらぺらとめくると、もちろんゴミの出し方やマンションのゴミ置き場の清掃など一般的なものもあるが、バーベキューやソフトボールなど楽しげなイベントの告知がいくつも目に入ってくる。
「なんだこれは」
こんなにイベントがあるが参加する奴はどれくらいいるんだ?
「バーベキューには住民の七割が参加したと聞いている」
マジかよ。
「敬遠する人が多いと思われるゴミ置き場の清掃も予想以上の人が集まって清掃道具が足りなくなったとのこと」
「……なんでまた」
「このマンションは分譲がメイン。滅多なことでは住民が入れ替わることがないから、近隣トラブルは少ない方がいい」
だから仲良くしようってことか。にしても、異常な出席率だな。
「もちろん初めからそんなに多かったわけではない。第一回のバーベキューでは出席したのは住民のごく一部」
「そこからどうやったんだ?」
「当時の町内会長が余った食材を調理してお裾分けをして一部屋ずつ回っていった。回覧板の告知を見ていなかった住人にもそれで周知する効果があった」
そんな風に食い物をもらってしまえば参加しなかったことに引け目を感じてしまうというのもあるだろう。余った物を捨てるよりは確実にいい利用法だ。
「行事を重ね住人同士が顔見知りになったことで住人同士のトラブルも激減した。特に騒音問題の原因となりうる子供を積極的に参加させることで、多少の足音や泣き声は許せるような雰囲気になっている」
「うまくやってるもんだな」
「自治会が地道な活動を続けたことにより今の状況がある。中には住人同士で婚約した例もあるらしい」
もちろんそんなことまで狙っていたとは思えないが、いい話じゃないか。
「だから次回の運動会もかなりの人数が参加することが見込まれている。商店に勤める住人などから賞品の提供もあって、子供だけではなく主婦などからも評判はいいから。普段あまり部屋から出ない革新派のインターフェース引きこもりだけどサバゲーマニアっ娘も参加を表明している」
そんなのもいたな。
「これらは全て当時の町内会長だった朝倉涼子の業績。現在は任期を終え名誉町内会長として行事の運営に関わっている」
そんなことをやってるのかあいつは。
「ところで、気になることがあるんだが」
「なに?」
「そんなに色々やってるのに、どうして俺はそんな行事が行われていることを知らなかったんだ」
「……それに参加してしまったら、あなたと過ごす時間がなくなるから」
「まあそれは嬉しいことだが、二人で参加すればいいんじゃないのか?」
「……その手があった」
というわけで、今後は積極的に行事に参加することにした。