今日の長門有希SS

 他人の家を訪れる際、菓子折などの手土産を渡すのが礼儀とされる。家族で親戚の家に訪れる際にもどこかで買っていくし、家に誰かがやってくる時にもらっているのを見かけることがある。気が付いた時にはそう言う習慣があることを知っていて、いつそれを学んだかということは覚えちゃいない。
 だが、俺たちの年齢ではまだ早い。菓子折は千円単位で売られているもので、友人の家を訪れるたびにそんなものを買っていればすぐに金がなくなってしまうだろう。たまにならいいのかも知れないが、ほぼ毎日のように遊びに行く相手にそんなことはとてもじゃないがしていられない。実際、俺が長門の部屋に来るたびに手土産を持ってきていたら大変なことになっていたのだろう。
 とまあ、俺たちにとっては馴染みのない習慣であるはずなのだが、律儀に持ってくる奴も世の中には存在する。
「こんにちは、あがってもいいかな?」
 朝倉涼子がそう言ったタイプだ。自分で作ってきたものもあるが、評判のいいケーキやら和菓子を買って来ることもある。まあ朝倉の場合は根が生真面目だし、長門に美味い物を食わせることに喜びを覚えているようなところがあるのだろう。
 というわけで、今日も朝倉の手には紙袋があった。シンプルな茶色の紙袋で店名の書かれたロゴなどは入っていない。一体、今日はどんなものを持ってきたのだろう。
「お茶を淹れる」
 と、長門がキッチンへ向かう。残された俺と朝倉はコタツに入って向かい合うことになる。
「あ、これ気になる?」
 そりゃ目の前に置いてれば何かと思うだろう。
「まだダメ、長門さんが戻ってきてからね」
 細長い箱が入っているんだろう、ということは紙袋に浮かび上がるフォルムからわかっている。ああいう形の箱で売られているクッキーをスーパーでよく見かけるな。チョコが塗られたタイプの。
「お待たせ」
 長門が俺や朝倉の前に湯飲みを置いていく。仮にあれがクッキーだったら、日本茶よりも紅茶の方が合ったかも知れないが、まあ問題はないだろう。
「じゃあ、開けるね」
 無地の紙袋から出てきたのは、これまた無地の箱。素材は段ボールか?
 菓子……にしては珍しい包装だよな。
「じゃーん」
 効果音をつけて取り出したのは、黒い棒状の物だった。表面がテカテカとして、少し角張っている。六角柱か八角柱のように見える。
 えーと、なんだそれは。
「懐中電灯。なんか街で露店をしている人がいてね、人だかりとかできてすごかったんだから」
「何でそんなものを」
「停電になった時とか危ないでしょ。この部屋って常備してないよね?」
 そりゃ長門の部屋で懐中電灯を見かけた覚えはないが。わざわざ買ってくる程のものなのか?
「これ便利なんだよ。ほら、スイッチを点ければ光るじゃない」
 懐中電灯なんだから当たり前だ。
「でもこれ、他のとはちょっと違うの。持ってみて」
 朝倉から手渡されたそれを持ってみる。
「どう、軽いでしょ?」
 確かに重い物ではないが、そもそも懐中電灯を持つ機会がそれほど多くはないからわからん。
「それ電池が入ってないの」
「何だって?」
 まあそれなら確かに便利かも知れないが、懐中電灯とは電池を使って豆電球を光らせるタイプが一般的だろう。どうやっているんだ?
「ふふふ、その秘密はこの表面の黒い部分」
 妙に芝居がかかった口調で朝倉が微笑む。
「なんと、この懐中電灯はソーラーパワーを使って光るの!」
 ……ソーラー?
「うん。ここがソーラーパネルになっていて、日光とか光を浴びると電気を作ることができるんだって。それで豆電球を――」
 ちょっと待て。
「朝倉、それどういう時に使うんだ?」
「え? 停電になった時とか必要だよね? あとは電球が切れたのを交換する時にも……」
「そう言う時って、部屋は明るいと思うか?」
「やだなあ、暗いから使うんじゃない」
「暗い時にはどうやって光るんだ、それ」
「あ」
 朝倉の笑みが引きつる。
「そ、そうだ、手の平からこうやって光を出しながら握ったらちゃんと発電されるはず!」
 だったらその手を直接かざせばいいんじゃないのか。正体を知らない人間には見せられない光景だが。
「ううっ、キョンくんのバカー!」
 俺の手から懐中電灯をひったくりつつ、捨て台詞を残して朝倉が立ち去る。
 その場に残ったのは湯気を上げているお茶。結局、あいつお茶に一口も手を付けなかったな。このまま捨てるのはもったいない。
「なんかお茶菓子とかあったか?」
「おかきがある」
「じゃあそれにするか」


 その数分後、お茶菓子をつまみつつくつろいでいるとチャイムが鳴った。
「なんかね、返品してもらいに言ったらちょっと多く返してもらっちゃったの」
 と言う朝倉の手には、街で有名な高級和菓子屋の箱とナイフが握られていた。