今日の長門有希SS

 買い物をしていると、つい普段は使わないような物が欲しくなってしまうことがある。普段着ているのとは違った服にチャレンジしてみるものの、家に帰ってふと冷静になると着るタイミングに困って引き出しの奥深くにしまい込んだ経験は誰にでもあるだろう。そう言った服は値段が高いことが多く、後々までトラウマとなってしまう。
 と、そこまで大きな買い物でなくてもやらかしてしまうことはある。特に危険なのは海外産のお菓子で、美味くはないんだろうなあと思いつつ買ってみた物が予想を超える味で、一口しか食べられずに捨ててしまうなんてこともある。この場合は財布に与えられたダメージがそれほど大きくないため、服と違って繰り返してしまうこともあるのが困ったものだ。
 世の中には買い物依存症と呼ばれる者がいて、ひどい場合には借金をしながら高額なブランド物なんかを次々と買ってしまうそうだ。それに比べれば、大量の本を買うくらい大したことじゃない――とは思うのだが。
「なあ、さすがに買いすぎじゃないのか?」
 長門の手には何冊もの本が積み重ねられていた。ここはチェーンの古本屋で、持っている本の大半には百円のシールが貼られていたはずだ。
 確かに百円の本はついつい買ってしまう。しかし、そんなに買って読めるのか?
「読む」
 長門は部室でも常に本を読んでいるから、確かにこれくらいの量なら消費できるだろう。そうはわかっていても、今回は妙に色々なジャンルに飛びすぎではないだろうか。いつもならハードカバーの小説が中心になるのだが、今回は文庫のライトノベルが多いし、実用書など小説以外の物も含まれる。
「……読むのか、これ」
 心理テストの本や『お金が貯まる』などと書かれた少々怪しげな物も混じっている。
「読む」
 そこまで言うならもう止めるまい。
「わかった、レジ行って来い」
「……」
 しかし長門は、俺に顔を向けたままそこから動こうとしない。さすがに多すぎると気づいたんだろうか。
「どうしたんだ?」
「まだあちらのコーナーを見ていない」


 自動ドアを通って外に出て、目の前に止まっている自転車まで移動する。
「どうする?」
 長門だけでなく、俺の手にも本の入った袋があった。長門の買った本は袋一枚じゃ収まらなかったわけだ。
 と言っても二つではない、三つだ。さすがに多すぎる。
「一つをカゴに入れて、二つはわたしが持つ」
 それしかないか。
 自転車にまたがると、後ろで空気の動いた気配がする。長門は体重を感じさせることがないので二人乗りをしていても俺に負担がほとんどかからない。いつもは俺の体に手を回してくる感触があるのだが、今は両手が塞がっているのでそれすらないので本当に乗っているのかどうか疑わしい。
「ちゃんと乗ってるよな?」
「いる」
 すぐ後ろから声が聞こえた。大丈夫なはずだ。
「じゃあ行くぞ」
 足に力を入れてペダルを漕ぐ。この状態では後ろが見えないが、両手に本の入った袋を一つずつ持った長門はまるでヤジロベエのような状態になっているはずだ。
 すれ違う通行人がこちらを見て不思議そうにしているのは、やはり妙な状態だからだろう。大丈夫だとは思うが、果たして両手に持った重量は釣り合っているのだろうか。まあ長門だからそのあたりは抜かりがないだろうし、仮に重さが違ってもどうにかなるだろう。確か天秤は棒の長さも影響しているはずだから、長門がうまく手を引っ込めたりすれば問題ない。
 しかしながら、やはりバランスが悪そうだからいつもより少し速度を落とすべきだろうか。いや、自転車は構造的に速い方が安定するのか?
 まあ、考えるより本人に聞いてみた方がいいだろう。
「速いのと遅いのどっちがいい?」
「あなたのこと?」
 違う。
「早く帰って読める方がいい」
 いや、そう言うことじゃないんだが……まあ気にしてないってことはどっちでもバランス的には問題ないのだろう。
 特に問題なく、長門のマンションまで到着する。
「着いたぞ……って、そんな状態だったのか」
 そりゃ通行人にも不思議な目で見られるはずだ。後ろにいた長門は、本を頭の上にのせて両手で支えていた。