今日の長門有希SS

 何かを探していると、関係ない物が見つかることが多い。以前に探して見つからなかった物が、もう必要ではなくなった時に見つかるなんてのはよくある話だ。
 もちろん見つかるのはそれだけではない。以前に探したこともなく、そもそも仕舞っていたことすら覚えていない物なんかが出てくることもある。
 俺が戸棚で見つけた紙切れもそんな物の一つだった。
「どうして?」
 戻ってきた俺の手元を見て長門が首を傾げる。俺がこんな紙切れを持ってきたのか理解できていないのだろう。
「気になるレシートがあったんだ」
 長門の横に腰を落とし、俺はそのレシートを長門の目の前に置く。
「こんな店、行った覚えがないんだが」
 日付は二ヶ月ほど前のものだ。恐らく俺と長門の二人で入ったのだろう、二人前のメニューが記載されている。俺も知っているレストランチェーンの一つではあるが、このあたりにある店舗ではないようだ。
 いや、レシートに住所が書かれていないわけじゃない。住所はご丁寧に番地まで書かれているのだが、それがどこなのか見当が付かないだけだ。よく行く場所でも住所は知らないなんてこともよくある話だ。
 さて、これは一体どんな時に行った店だろう。日曜の二時過ぎに会計をしたらしいことはレシートから読み取ることが出来た。それぞれ別のセットメニューを注文し、更に一つずつデザートを頼んでいることがわかる。
「それは――」
「いや、まだ言わないでくれ。思い出す」
 とは言うが、記憶を辿ってもなかなかそのシチュエーションが思い出せない。俺は果たしてどちらのセットを注文したのだろうか。そして、このデザートはどちらを……いや、もしかすると長門がこのパフェとケーキを食べたという可能性もある。今まで二人で外食をしたことは数え切れないが、そんなこともあったような気がする。
 ダメだ、さっぱり思い出せない。
長門、ヒントをくれ」
「ヒント?」
「そうだ、これがどこの店だったか思い出すためのヒントだ。例えば……この日は他にどんなことをしたんだ?」
 長門と休日に出かけることは多い。大抵は図書館や本屋に行ったり、食事のための買い物をしたりすることが多い。だが、よく行く場所ならばこのレストランには行っていないはずだから、この日は恐らく普段とは違う行動をしているはずだ。それが何かのきっかけになる可能性は高い。
「衣類を買う目的で出かけた」
「服屋、か」
 大きなヒントだ。長門と二人で出かけ、長門の服を買う機会はそれほど多くないはずだ。二ヶ月ほど前に服を買うために出かけた覚えは……ないな。ショッピングセンターなどに行って安くなった服をつい買ってしまうことはあるものの、それが目的で出かけたことはあまり記憶にない。だから、二ヶ月前というごく最近起きた変わったイベントを覚えていないなんてちょっとおかしいのではないか。
 いや、まだ俺は若い。物忘れをするような年じゃないはずだ。それでも、長門と二人で服を買いに出かけた記憶がどこを掘り返しても出てこない。
 だが、長門の記憶が間違っていると疑うのは無理がある。例え俺たちがある事柄に対して全く違う記憶持っていた場合、俺は間違いなく長門の記憶を信じるだろう。
 だから、長門が服を買うために出かけ、そのレストランで食事をしたのは間違いのないことだ。
「もう一つヒントをくれ。その時、買った服を見せてくれないか?」
「少し待って」
 長門はすっと立ち上がり、クローゼットから一着のスカートを引っ張り出して来た。
「……そんなの持っていたっけ」
 一緒に買ったスカートを覚えていない、なんて最低のことかも知れないが俺はそれを見た記憶がなかった。あまり私服を着ない長門の、それもスカートなんて珍しい物だというのに。
 ちょっと待て、それはあまりにもおかしくないか? いくら俺がファッションに対して頓着のない人間だったとしても、そんなレアな物を忘れてしまうとは思えない。
「あなたはまだ見たことがないはず」
 確かにそれは二人で買い物に行った時に買ったんだよな?
「間違いではない」
 じゃあ、どういうことだ?
「このスカートは、朝倉涼子と二人で出かけた時に買った物」
「なんだ」
 思わず溜息が漏れる。
 全ての謎が解けた。二人で行ったとなると相手が俺だと疑っていなかったが、長門にだって人間関係はあるし、常に俺としか出かけないわけではない。
 だったら俺がその店の記憶があるはずもない。あった方がおかしい。
「これで安心だ。てっきり酷い物忘れをするようになってしまったかと思った」
 たった二ヶ月前に出かけたことすら思い出せないようになったら少しやばい。
「その件についてはまだ疑念の余地がある」
「何がだ?」
「最初にキッチンに向かった理由、覚えてる?」
 そう言われて初めて、レシートを見つけるまでお茶を淹れようとしていたことを思い出した。