今日の長門有希SS

 前回の続きです。


「何かわかったのか?」
 あれから二つほど授業を受け、外からこちらに視線を送るニヤケ面を見かけた俺はハルヒに気づかれぬよう廊下に出た。
「ええ、今朝の始業前に放送された全ての占い番組を取り寄せて確認が終わりました」
 相変わらずご苦労なこった。で、どうなんだ? 聞かなくても顔を見れば結果は予想できるけどな。
「あらゆる番組ないで放送された涼宮さんの金運は最高値を示していました」
「やっぱりそうか」
「そうです」
 方法はともかくハルヒの金運が悪かった番組を見せつけてやれば状況が変わると思っていたのだが、これでその方法を使うことはできなくなった。
 しかし、よりによって全部の番組が同じ結果を出すこともないだろ。
「涼宮さんが見ていなかった番組で金運が低かった可能性も否定できません」
 どういうことだ。
「涼宮さんは今、自分の金運の高さを自覚しています。ですから、既に放送されていた占いの結果が涼宮さんの認識に従ったということも否定できません」
 気分的には否定したいもんだが、今までのことを考えてみるとそんなことも起こりうるのではないかと思ってしまう俺がいる。
「で、どうすんだ」
「現在発売されているあらゆる週刊誌や占い本を集めて確認することにします。と言うより、既に『機関』のメンバーを総動員して当たっています。それでも結果がわかるのは放課後になるでしょう」
 ご苦労なこった。
「もし仮に、全ての結果が同じならどうすりゃいいんだ?」
「その時は打つ手なしです。涼宮さんの願いがささやかであることを祈る他ありません」
 ハルヒがもし「一万円くらい当たればいいな」とか思っているのなら話はそうややこしくはない。本当に当たってしまっても、世界に与える影響はそれほど大きくないからだ。
「ま、大丈夫だろ」
 だが俺はそれほど大変なことだとは思っていなかった。
あいつだってそこまでバカじゃないはずだ」
「そうだといいのですが」
 と、そこで話を打ち切って教室に戻る。
「……何を見てるんだ」
 何やらパンフレットらしき物を机に広げたハルヒを見て一瞬だけ言葉を失ったが、どうにか絞り出すことができた。
 そんな俺に気づくことなく、ハルヒは太陽のような笑みをこちらに向ける。
「ほら、学校の中じゃあんまり自由にできないじゃない。もし宝くじが当たったら駅前のマンションとかどう? 有希の住んでるところも空いてる部屋あるみたいだし、何だったら無人島とか買ってもいいわよね!」


 特に何もすることがないまま放課後になった。雑誌のチェックは古泉のお仲間がやっているし、そもそも何もできることがなかったわけで、決して何も考えていなかったわけではない。
「さてと」
 部室のドアノブに手をかける。少しだけ気が重いが、俺はドアノブを回す。
 開けたからと言って、何かが起きるはずもない。ハルヒいつも通りパソコンの前だし、ウノを目の前に置いて待機する古泉も、メイド服の朝比奈さんも変わりはない。
「よう」
 椅子に座りながら正面に声をかけると、古泉は無言で首を左右に振った。期待はしていなかったが溜息が出る。
 駄目だったのか。
キョン、座りながら溜息つくなんておっさんくさいわよ」
 ほっとけ。
「そんなに疲れやすいなら温泉とかもいいわね」
「何を言ってるんだお前は」
「ネットでリゾートマンションとかも紹介されてるのよ、便利になもんねえ。あんたも見てみる?」
「いい」
 ハルヒはすっかり買う気満々だ。
「不動産を持ったら税金がかかるんじゃないのか? いくつも手を出したら大変だろ」
「大丈夫よ。何億か残しておけばちょっとくらい税金がかかっても問題ないわ」
 こいつは一体いくら当てる気なんだ。そもそも一等前後賞合わせて二億とかCMで言っていたような気がするが。
「これ全部当たればいいわね」
 言いながらハルヒは持っている宝クジを扇のようにひらひらとさせる。
 恐らく十枚程度だろう。あれが全て当選するなどと考えたら、本来用意されているはずの金額を超えてしまうことだってありうる。
「宝くじですか、いいですねえ」
 何も知らない朝比奈さんはにこやかに微笑んでハルヒの前に湯飲みを置いた。
「でしょ? みくるちゃんはわかってるわね、キョンったら夢がないのよ」
 当選するのではないかと思っている度合いはむしろ朝比奈さんより俺の方が高いだろうが、それが喜ばしいことだと思っているかと言うと話は別だ。
「みくるちゃん、当選したら好きな物なんでも買ってあげるわよ」
「本当ですかぁ! それじゃあ、欲しいティーセットがあるんですぅ」
「任せときなさい! 当たったらマイセンでも豊臣秀吉の金の茶釜でもなんでも買ってあげるわ!」
 女同士、きゃぴきゃぴと話している光景は平和に見えるが、あたかも当然のようにドロゥフォーをドロゥトゥで返そうとする古泉を見ていると、事態はあまり楽観視できないことがわかる。
 そんなおり、がちゃりとドアが開いて長門が姿を現した。
「あら有希、遅かったわね」
「欲しい本があったから」
 一度学校を出てからここに来たのだろうか。確かにその手には紙袋があった。
「ふうん」
 皆が注目する中、長門はいつもの位置に腰掛け、紙袋から本を出す。
「何それ」
 ハルヒが思わず声を出すのも無理はない。長門が持っている本は、いつものようなハードカバーや文庫本ではなく、雑誌だったからだ。しかもそれは表紙に女の子の絵が描かれており、いわゆる萌え系の雑誌と思われた。
「ゲームやアニメの情報などが載っている」
「有希がそんな本買うなんて、本当に珍しいわね。有希ってそっち系に興味あったっけ」
「ない」
 ないのかよ。
「じゃあ何で買ってるのよ」
「わたしはこの雑誌に連載されている読者参加ゲームに興味がある。占いをテーマにしたもの」
「占い? 今日のあたしはすごいわよ!」
 正確には今日だけでなく今週であることが古泉の調査によってわかっている。
「ちょっと見せて」
「いい」
 パソコンの前から立ち上がり、ハルヒ長門の持っていた雑誌を覗き込む。
「おひめさまタイプって、何?」
「誕生日と血液型を組み合わせて九つのタイプに分類する。ちなみにキャラクターは六人しかいないので今後の増員が期待される」
「で、あたしのタイプはこれだから……って、金運はないのね」
「全体運はあまり高くはない。むしろ他と比較すると低い。金運はここに含まれると思われるから、今月の金運はあまり高いとは思えない」
 そうか、古泉が調べたのは今日の占いと、今週の占い。それにまさかこのような雑誌にまで占いコーナーがあるとは考えていなかったはずだ。
 明らかに肩を落としたハルヒに、長門がぽんと手を置く。
「でも恋愛運は高い」
「そ、そう? まあ、それなら信じてあげてもいいわね」


「よくやったな」
 放課後、前を歩くハルヒに気づかれぬよう長門に声をかける。
「あの雑誌の結果が悪かったおかげであれから宝くじの話をしなくなったからな。当たってもたかが知れてるだろう」
「結果を少し変えておいた」
「何だって?」
「あの雑誌は既に買ってあったもの。本来の全体運は最大値だった」
 と言うことは、お前が細工したってことか。
「そう」
 なるほどな、それで遅くなったのか。
「しかし、あんな雑誌をよく見つけてきたな」
「コンピ研でよく読んでいる。定期購読しているのは嘘ではない」
 そうか。
「しかしまあ、ちょっとだけ惜しかった気もするよな。あの宝くじが全部当選したら使い切れないくらいの金が手に入るだろ。お前だって本棚が欲しいとか言ってなかったか?」
「今はいい。それに、部室にあってもあまり嬉しくないことに気が付いた」
 長門はじっと俺の顔を見上げる。
「いずれあなたに作ってもらう」
 そうだな。だがあまり高いのは困るけどな。
「わたし専用の書斎で、できれば空調完備にして欲しい」
 手加減してくれよ。