今日の長門有希SS
朝、思わず教室の前で足を止めてしまうことがある。大抵それはハルヒの機嫌がよろしくないと気が付いた時であり、その理由はハルヒの精神状態が世界の存亡に直結するからだ。そう言う時はあまりハルヒを刺激しないようさりげなく機嫌がよくなるように誘導するわけだが、もしそれが露骨であれば逆効果になってしまうので注意が必要だ。
しかしながら、今日はそれとは事情が違った。ここから見る限りハルヒの機嫌は悪そうには見えない。
「キョン、おはよう!」
教室に踏み入れたところで窓際からハルヒのハイテンションな声が飛んでくる。視線も集まるが気にしている余裕はない。
「なにそんなところで突っ立ってるのよ! ほら、さっさと来なさいよ!」
満面の笑みを浮かべるハルヒに俺は溜息をつく。
ハルヒの機嫌がよすぎることもまた問題と言える。もちろん仏頂面をしているよりはましだが、何かよからぬことを企んでいるように見えるからだ。
「どうした?」
その場に留まっていても解決しない。何度席替えをしても変わらぬ定位置に移動すると、ハルヒは鞄から何やら取り出した。
「じゃーん、買っちゃった!」
扇形にして見せたカラフルなそれは、どうやら宝くじのようだ。
どうしてそんなもんを買ったのか、そもそも買っただけでハイテンションなのか、俺にはさっぱり理解ができない。
「今朝の占いを見たら金運が絶好調だったのよ!」
そうかい。
朝、ニュース番組を見ていると占いコーナーがあるが、大抵ああいった占いは大雑把なものである。金運や恋愛運や仕事運などが三段階くらいで評価される程度で、最大評価になることはそれほど珍しくない。
「どこのチャンネルの占いを見ても金運がよかったのよ。こんなことってなかなかないでしょ? 二億とか当たったらどうしようかしら」
珍しいと言えなくもないが、毎日のように占いを見てればそんな日もあるだろう。
「キョンは夢がないわね。いいわよ、当たっても奢ってあげないから」
いつも奢らせているんだから、そんな時くらいは俺に金を使ってもばちは当たらないと思うぜ?
と、そんなことも忘れた休憩時間。教室の外に珍しい組合せを見つけた。
「やあどうも」
古泉はにこやかな顔で手を上げる。教室が隣である長門がここにいるのは驚くことではないが、こいつがいるのはまず間違いなく何かがあったのだろう。
「どうした」
「涼宮さんが宝くじを買われたそうですね」
耳の早いやつだ。それが何か問題だとでも言うのか?
「ええ、問題です。今まで登校中に宝くじを買うという行動はなかったように思えますが、今日に限ってどうしてそのような行動に出たのかご存じありませんか?」
「占いで金運がよかったんだとよ」
「金運……どの番組かご存じですか?」
「さあな。いくつかのチャンネルで見たようなことを言っていたが」
「そうですか……では、涼宮さんは今日は運勢がいいことを自覚して買ったんですね」
「どうした?」
古泉のニヤケ面が少しだけ曇ったように見えた。よく顔を付き合わせている俺には微細な変化が感じ取れるようになっている。
「その宝くじ、当たってしまうかも知れません」
そんなバカな、と断言できないことを俺は嫌と言うほど思い知らされている。
「当たったら……まずいよな」
「そうですね。仮にここで宝くじが当たってしまえば、金運がいいというだけで簡単に高額賞金が当選するようになってしまいます。そして、占いで金運がいいとされる人は毎日大量にいるわけですから……」
日本中で高額賞金が続発するわけか。俺たちに直接関わるわけではないが、あまりいい状況とは言えないだろう。
さて、どうしたものかね。
「ひとまず、今日の占いをやった番組の映像を取り寄せます。別の結果が出ているものがあれば話が違ってくるかも知れません」
と、古泉は足早に姿を消した。
残されたのは俺と長門。
「なあ、どう思う?」
「仮に億単位の賞金が出た場合、部室にいい本棚を入れてもらうように直訴する」
そうか。