今日の長門有希SS

「今日はプリンを作ってきたの」
 などと言いながら朝倉が手土産片手にやってくるのは、長門の部屋で過ごしていると比較的頻繁に起きるイベントの一つである。どれくらい頻繁に起きるのかと言うと、玄関からリビングに戻って「早く食べましょう」といつの間にか侵入していた喜緑さんに言われても全く動じなくなっている程度と言えばわかっていただけるだろうか。
 もちろん毎回同じものを持ってくるわけではない。同じデザートを持って来るにしても女性に人気の有名店から買ってくることもあれば自分で作ることもあるし、そもそも食事を持ってくることだってある。だが「プリンを作ってきた」と聞いた回数はそれなりに多いような気がする。箱を開けなくてもそのプリンがゼラチンを使わず蒸して固めたものであるとわかっているくらいにはそいつを食っているということだ。更に言うならば、どんな容器を使っているのかということも見なくてもわかっている。
「プリン好きなのか?」
「ええ。ですが、目上の者にその口の利き方はいただけませんね。これでも先輩と後輩という関係なんですから」
 いや、喜緑さんには聞いてませんよ。
「うーん、ものすごい好きってわけじゃないんだけど」
「それにしてはよく作ってる気がしたんだが」
「あ……それね」
「なんか理由があるのか」
「ほら、卵と牛乳って意外と残っちゃって」
 その言葉で「ああ」と納得する。俺と長門も卵と牛乳は賞味期限ギリギリになってから無理やり料理に使うことがある。二人でもそうなのだから、一人で住んでいる朝倉なら持て余してしまうことが更に多いのだろう。計画的に消費できずに残ったものがこうしてプリンとなって俺たちの前にやってくるわけだ。
「じゃあ、ケーキを焼いてくるのもそう言う理由があったのか」
「いつもってわけじゃないんだけど」
 毎回じゃないにせよ、それなりには材料を消費したいという意図があるらしい。別に悪くはないけどな、期限が切れたもので作っているのなら問題だが。
「卵なら薄く焼いたら冷凍できるらしいぞ」
「錦糸卵ばかり作ってどうするの?」
 まあ錦糸卵が大量にあっても使い道は少ないな、考えてみれば。それに卵かけご飯を食べたい時には生の卵が必要だし、保存できればいいってもんじゃない。
「もっと長く使えればいいのになあ」
 同感だ。まあ俺たちの場合は、どうしても困った場合は使い切って料理にしてしまえば長門が食べてくれるのでまだましだ。長門は早食いというわけではないが、どんなにあっても淡々と食い続けてくれるからな。長門の食欲様々だ。
「……何か失礼なことを考えている?」
 いや、何でもない。
「食欲は満たせたので性欲を満たしたいなどと考えていらしたのでは?」
 何を言っていますか喜緑さん。と、長門も朝倉も複雑な顔をするな。
「それより賞味期限ってそれほど重要なものなんですか?」
「ええ」
 実際は賞味期限ではなく消費期限の方が問題らしいが、気分的には賞味期限に書かれた日付を越えた時点で口に入れたくなくなる。
「はあ」
 よくわからない、といった風に喜緑さんが首を傾げる。
「こうしてしまえばいいと思いますけど」
 と言うと、喜緑さんは残っていたプリンを箱に入れて蓋を閉める。
「あ、そっか」
 それを見た朝倉がぽんと手を打つ。どうした、何を納得しているんだ。まさかこの箱にはピラミッドパワー的な物が宿っていて、中にある食品を腐らせないとでも言うのか。
「腐らないのは事実」
 まじかよ。
「今、この箱の中は時間凍結されている。解除するまで例え何年経っても腐ることはない」
 まあ、確かにそれなら賞味期限などは意味がなくなる。冷蔵庫と違って常温のものがずっと常温のまま保存されてしまうのは問題だが。
「はっ、もしやピラミッドには時間を凍結させるパワーが」
「ない」


 一足先に喜緑さんが帰り、長門は使ったスプーンを片づけつつお茶でも淹れるために席を外し、俺と朝倉が残された。
「どうした?」
 妙にそわそわとして落ち着かない様子の朝倉に俺は首を傾げる。もしトイレに行きたいのなら勝手に行けばいいと思うのだが。
「あ、うん……」
 朝倉の顔はほんのりと赤くなっている。部屋の温度はそれほど高くしてないし、熱でもあるのだろうか。
「ちょっといいか?」
 額に触れると、朝倉はびくりと肩をすくめた。まあ正直なところ手で触れても体温が高いか低いかよくわからないのだが、高熱が出ているわけではないのは事実。
「や、やっぱり」
「ん?」
「食欲の後は性欲って本当だったの?」
 何を真に受けているんだお前は。