今日の長門有希SS

 学校が終わると長門の部屋に行くのがお決まりとなっている。いつもの場所で解散し、途中のスーパーで夕飯の買い物をしてから向かうわけだが、時間によっては売れ残った商品が値下げされて見切り品になっていることもある。放課後の活動が長引くと二人で過ごせる時間が減ってしまうのだが、こういう利点もあるので一概に悪いとはいえないわけだ。
 安くなる商品は様々だ。野菜の場合は日持ちするものが多いが、傷みやすいものもあるのでそれらは見切り品として並んでいる。肉や魚などの生ものはそれよりも更に痛みやすく、遅い時間にスーパーに行けばまず間違いなく何かしらの商品が安くなっているだろう。
 これらは新鮮な物よりは少々劣るが、買ってすぐ調理をするなら問題ない。そもそも新鮮なものを買っても次の日まで持ち越してしまうこともあるのだ、あまり気にしすぎることもないだろう。
 さて、安くなるのは食材だけに限らない。野菜コーナー、肉や魚のコーナーを抜け、最後に待ちかまえるのが総菜や弁当の並ぶコーナーだ。食品には翌日までも持ち越せるものもあるが、弁当はそうもいかない。閉店間際になると大抵の弁当には百円引きやら半額などのシールが貼られることになる。
 もちろん、世の中にはそれらを求めてスーパーにやってくる者もいて、半額シールが貼られた頃にあらゆる商品が棚から姿を消すこともある。総菜の場合は最後まで値引きされてないこともあるが、それらが売れ残った場合は翌日の弁当のおかずになるのだろうか。
「ん」
 思わず弁当コーナーで足を止めてしまった。俺たちがここに来る際、まだ半額になっていないか、仮に半額になっていても売り切れていることが多いのだが、今日は珍しく弁当が残っていた。
「煮物?」
 思わずそれを手に取る。メインのおかずは大根やこんにゃくなどの煮物で、ご飯の横には小ぶりのカツや豆の煮物が添えられている。
「珍しい」
 長門がぼそりと呟く。一般的な弁当では肉の炒め物や焼き魚や煮魚など、とにかく「タンパク質!」と主張するようなおかずがメインになっていることが多いのだが、これは少し違った。まあ、カツが入っているので肉類が全く入っていないわけでもないのだが、それにしても少々異質だ。
「……気になるな」
 ハルヒの影響だろうか、俺はこの少し変わった弁当が妙に気になってしまった。ハルヒが求めている「不思議なもの」はこういった類のものではないだろうが、これだって不思議なことには違いない。
「買う?」
「いいのか?」
 値段自体は大した金額ではない。半額になっていることもあるし、わざわざ許可を求めるようなものでもない。
 だが既に俺の持つカゴの中には夕飯用の食材があった。ここにはもう一品何かあってもいいかもしれないと思ってやってきただけで、弁当を買うつもりはなかった。
「いい。少しくらい多くてもなんとかなる」
「そうか」
 夕飯自体を少な目に作ればいいしな。
「わたしも煮物弁当が気にならなくもない」
 だよな。


 買い物を終え、スーパーから長門の部屋に移動し夕飯を作る。一食分の弁当があること以外はいつも通りであり、特筆すべきことは何もない。もはや長門の部屋で飯を作って食うことは生活の一部である。
「じゃあ、そろそろ食うか」
 食卓には俺の作った食事と、例の弁当がある。弁当はレンジで温めたのでほかほかと湯気が上がっている。今日は汁物もないし、他の料理はそれほど熱々ではないのだが、湯気があるのとないののどちらが正しいかは判断に迷うところだ。
「……」
 長門の視線は真っ直ぐ弁当に向かっていた。
「どうかしたか?」
「匂いが少し変」
長門もそう思ってたか」
 弁当が半額になると言うことは、本来売れているはずの時間をオーバーしているということだ。少しばかり悪くなっていても無理もない。
「食えないことはないだろ」
「……」
 長門の箸が弁当に近づいてぴたりと止まる。そして、俺の顔をじっと見つめてくる。
「別に無理しなくていいぞ」
 長門は気が進まないようなので箸を伸ばす。毒味とはまた違うが、先に俺が食って見せれば大丈夫だとわかるだろう。
「……不味くはないが別に美味いもんでもないな」
「そう」
 俺の顔を見ながら恐る恐るそれに箸を伸ばし、口に運ぶ。
「普通」
 そんなもんだよな。
「カツもらっていいか?」
「……」
 肯定でも否定でもなく首を傾げるる長門を少しだけ不思議に思いながら、ご飯の横にあったカツに――ん?
「コロッケか」
「そう」
 箸で切れた中にはすりつぶされた芋があった。
「見るからにコロッケだった」
 わかってしまえばカツよりもコロッケに見えるが、弁当ならば何か肉や魚が入っているだろうという思いこみが俺に存在しないカツを見せていたらしい。
「……」
「……」
 いや、不味くはない。不味くはないんだが、わざわざ食うようなもんでもないような気がしてくる。
「まあ、まずはこっちを食うか」
「……」
 いつもよりやや大きめに首を縦に振った長門と、俺はまず弁当以外の食事を片づけることにした。


 結局、弁当は最後まで食べきることなく、捨てることになってしまった。