今日の長門有希SS

 学校が終わるとSOS団の活動時間である。たまに外に出て運動をしてみたり、鶴屋さんの家に転がり込むんだりすることもあるのだが、大抵の場合は文芸部の部室で過ごすのがお決まりとなっている。
 部室での過ごし方もパターンが決まっている。もっとも変化が少ないのは長門で、部室に入ってきてから出ていくまで読書をしている場合が多い。続いてボードゲームをする俺と古泉、SOS団専属のメイドさんとなっている朝比奈さんに続く。朝比奈さんは俺たちのお茶を入れて回るのが主な仕事だ。しかし、部室内の整頓や衣類の修繕などの家事的行為もするし、手持ちぶさたな時は雑誌を開いていたり編み物をしていたりと過ごし方のバリエーションがそれなりに多い。手頃な相手がいる、と言う理由でボードゲームをする俺たちに比べるとかなりのものだ。
 で、残ったハルヒが問題となる。基本的には団長用のデスクにふんぞり返っているわけだが、一人でパソコンで暇つぶしをしてみたり、俺たちになにやら話を振ってきてみたり、ゲームに加わりたいのか俺をじっと見つめてみたり、場所は同じでもそれなりのバリエーションを持っている。
 もちろんそんな範囲だけには収まらず、立ち上がって俺の隣に座ってゲームに口を出すのは日常茶飯事。長門や朝比奈さんだけでは飽きたらず俺や古泉の髪をいじろうとしたこともある。更に言うと、そもそも部室になかなか現れないこともある。
 まあ、そういったわけでワンパターンな行動に陥りがちな俺たちを引っかき回すのはいつもハルヒの役割だ。三人以上でできるボードゲームを探せと言い出して団員全てを巻き込むゲーム大会をやり始めたり、妙なことを思いついて会議をしてみたり、思い出せる範囲でも様々なことがある。
 であるから、ハルヒが机に肘をついて「あのさあ」などと言った時、少しだけ部室の中の空気が変わるのは仕方のないことだろう。もちろん何事もなく過ぎ去ることも多いのだが、何かが起きるとすればそれはハルヒが動いたとき以外にはないからだ。
「どうかしたのか?」
「有希っていつも読書してるけど、感動した本ってあるの?」
 矛先を向けられた長門は、俺たちの視線が集まってしばし後、本から顔を上げてこちらにゆっくりと回す。
「なに?」
 自分に話しかけられていることに気づいていなかったのだろうか。まあ、読書をしている長門ハルヒが邪魔するのは考えてみると珍しいことかも知れない。
「えっとさ、今まで感動したお話って何?」
「……」
 質問の意図を量りかねるように首を傾ける。
「本にはわたしの経験していないことが書かれている。未知なる情報はいつもわたしを感動させている」
「そうじゃなくて、本を読んで泣いたりしないの?」
 長門は感情があまり顔に出ない。しかし機嫌の善し悪しは態度や声のトーン、はたまた視線などに表れているのだが、それをほぼ正確に読みとれるのは俺や朝倉くらいだろう。朝倉の場合はそもそも長門のバックアップであったという卑怯な特性があるため、本当の意味で長門の感情を読みとれるのは俺だけだと言ってもいい。
 というわけで、本を読んでも長門の心境に変化がないとハルヒが思ってしまうのは仕方のないことだ。まあハルヒだって長門と付き合いは長いわけだし、多少は長門の感情を読みとれても不思議はないのだが、本を一冊読む前と後の変化を感じ取れるようなタイミングにはあまり恵まれていないはずだ。それを知りうるのは、解散してからや休日にも一緒に過ごしている俺くらいのものだ。
 とまあ、それほど一緒に過ごしている俺でも長門が読書をして泣くのを見たことはない。そもそも長門が泣くことすら稀――いや、皆無である。
「やっぱり泣いたことないみたいね。どういうのがいいのかしら? 今までで一番感動したのはどんな本?」
「……絵本、とか」
「ああ、子供の頃に読んだのは確かにそうよね。最近はないの?」
「……」
 長門は考えるように視線を宙に漂わせる。
 実際のところ、長門は生まれてまだそれほど年月が経っていない。子供の頃というのはなく、絵本を読んだ時には今とほぼ同じ感性を持っていたと思われるが、そのことはハルヒに言うことはできない。
「決まりね」
 と、ハルヒがぽんと手を叩いた。
「何が決まったんだ」
 ハルヒが何かを思いついた時、大抵の場合は俺たちにとって面倒なことの幕開けになる。
「有希が感動するような話を探すわよ!」
 こんな風に、な。