今日の長門有希SS

 性的な行為に及ぶ際、うまく位置取りができないと思わぬ災難に見舞われることがある。長時間腕を体の下敷きにしたせいでしびれさせてみたり、妙な角度に捻ったせいで膝がしばらく痛むこともある。
 そういったことは避けたいのが当然。そのため、体のポジションをどうするかについて先人は試行錯誤を繰り返してきた。
 そして、日本には四十八手というものがある。性行為の際にお互いにどのようなポジション取りをするかというのを示した図で、浮世絵などにも描かれているらしい。
 まあ長門は体重が軽いので多少の無茶は可能なのだが、一時のテンションに任せて特殊体位を試すと後からしっぺ返しがやってくる。
 で、そのようやことを避けるために役に立つのが先に述べた四十八手である。古来から活用されてきたからには体が痛くなるような無茶なものは少ないだろう。そうでなければ、現代に伝承される間に淘汰されていたはずだからだ。
 とまあ、そういったわけで俺たちもそれを導入することにした。調べてわかったのだが、四十八手と言われているが実際にはそれ以上の数がある。相撲の決まり手の四十八手にちなんで名前を付けられただけだそうだ。
 ともかく、四十八手には様々なパターンがある。単純に性器を活用するだけでなく、口を使用したりされたりするものも含まれる。
 と言うわけで、俺たちは日に平均五個ほどを消費していたわけだが、長門には思うところがあったらしい。


「これ」
 現在は性的な行為の真っ最中である。そう言う時に発せられる者と違う純粋な学術的興味からの冷静な声に俺は手を――いや全身を止めた。
「どうした?」
「これの名前は何」
 長門が手を乗せているのはコタツの天板であるが、聞いていることはそれではない。
「こたつかがりだ」
 コタツに入って座った男性の足に女性が座るという体位だ。この場合は俺の上に長門が座り、目の前にじっとりと汗で湿った頭部がある。コタツに入って他の者に気づかれず行えるというコンセプトのもので、大家族で暮らしていても不可能ではないという画期的な手法だ。
 恐らくこれには日本の住宅事情が影響しているのだろうが、核家族化が進んだ現代ではあまり意味のあるものではないだろう。
「それ」
 それ?
「この体位は本来、他人の目があっても大丈夫なように行われるもの」
 そうだな。
「だから、あなたのようにコタツそのものを揺らす程動くと本来の体位ではない」
 言われてみればそうだ。現在はコタツの上に何もないからいいが、もし湯飲みでも置いていれば大惨事になっているだろう。
「で、どうするんだ? 紙コップの水をこぼさない程度にやるか?」
「気づかれないように行うべき」
 と言うと、長門は携帯電話を取り出し素早くプッシュする。
「……何をしているんだ」
朝倉涼子喜緑江美里にメールを送った」
 なんだって。
「二人に気づかれないように一戦交える」
 いや、しかしあの二人は特別であってだな、恐らくかのシュレディンガー博士の制作した箱が密閉された状態でも中の猫の状況を言い当てられるだろう。二人から隠れて何かを行おうというのは困難だ。
「大丈夫」
 と言うと、長門はテープを逆回しにしたような音を口から発する。
「このコタツ布団の下で何が起きても他の二人には感知できないようにした」
 つまり、体を大きく動かしたり顔に出したりしなければいいんだな。
「そう。顔に出すと気づかれるので下の方に」
 いや、そう言う意味じゃないんだが。
 と、そうこう言っているうちにチャイムが鳴った。


 それから十数分後、朝倉の持ってきたお茶菓子を食いながら一仕事終えた俺たちに「ところで、なぜわざわざコタツの下なんかに情報封鎖をしているんですか? 普段はそんなことしてませんよね」と喜緑さんがにこやかに笑いかけてくるのだが、それはまた別の話。