今日の長門有希SS

 長門の体温を背中に感じながらペダルを踏む。顔に触れる風は冷たいが、あまり寒さを感じないのは精神的な暖かさもあるだろう。
 本来、自転車の二人乗りというのは推奨される行為ではない。しかし、それなりの距離があるところを移動するには便利なのでどうしても活用せざるを得ない。
「大人が子供を乗せる場合は罪に問われない」
 朝倉の話によると二人はまだ誕生してから三年やそこらだという話だが、そう言ったところで納得していただくのは難しい。だが、二人乗りが禁止されている理由はそれが危険だからである。だが重力を操れる長門は俺に負担をかけないし、仮に本来は転んでしまうような状況になっても上手く回避させてくれるためむしろ安全と言えよう。つまり、長門に限っては後ろに乗せても問題はないはずだ。実際、今までに長門を乗せていたことで危険になった覚えはない。
 というわけで、今日も何事もなく目的地に到着する。やってきたのはいつもの図書館。借りていた本を返し、恐らくはまた新たな本を借りることになる。
 長門と知り合う以前はこんなに図書館に通うとは思ったこともなかったが、今となっては習慣になっていると言っても過言ではないだろう。と言っても、俺自身は滅多に本を借りることはないのだが。
「たまにはあなたも何か借りるべき」
 と言われても、何を読めばいいだろうな。分厚い本はなかなか気が進まないが。
「短いものもある」
 そう言われると、まるで俺が長い本を読めないみたいじゃないか。
「……」
 何も答えず、長門はすっと目をそらした。


 結局、本を借りたのは長門だけ。普段通りではある。
 自転車の前でふと立ち止まる。
「昼はどうする?」
「美味しいもの」
 いや、外で食うかマンションに戻って食うかってことなんだが。それによって行き先が変わってしまうので、動き出す前に乗る前に決めなきゃならない。
「あっち側を回って帰る」
 長門が指で示したのはマンションとは逆方向。
 てことは、どっかで外食しようってことか。
「途中でいいところがなければ帰る」
 かなりアバウトな計画だな。しかしながら、そうやってふらりと入った店が案外美味かったりもする。もちろんその逆もあり得るのだが、たまにはそんなのも悪くはない。
「それじゃあ行くか」
 後ろに長門を乗せてペダルをこぎ出す。それほど遠回りにはならない程度に、普段あまり通らない道を走る。マンションと図書館の間は通い慣れているが、どこか他に寄る用事がなければ大抵は最短距離を通るのが普通なので、一本外れただけで別のところを走っているような気分だ。
 家の周りならば土地勘があるので多少知らない道を通っても何とも思わないが、見知らぬ道では少しだけ不安になる。しかし、もし行き止まりになっても戻ればいいだけのこと。迷ってしまっても長門がいればすぐに見知った場所に戻ることはできる。
 そう考えると不安もどこへやら。しばらく走って見かけたちょっと雰囲気の良さそうな蕎麦屋で昼食を摂ってから長門のマンションに戻った。