今日の長門有希SS

 長門のマンションに入り浸るようになったそもそもの原因は長門の食生活にある。コンビニの弁当やレトルトで済ませているのを知った俺は、栄養バランス的は長門にとって問題になっていないのかとは思ったが、精神衛生上よろしくないと思って飯を作りに来るようになった。実のところ朝倉がいた頃は三食まともな料理を食べていたという話だが、その時の俺にそんなことは知る由もない。朝倉が復帰した後もなんだかんだでマンションで過ごす時間が多くなった。
 もちろん二人の時間を増やす目的があったことは否定できない。SOS団で時間を食っている俺たちが自由にできる時間は少なかったというのが、こうして過ごすようになった一因であるかもしれない。
 しかし、本来の目的は長門の食生活の改善であるのだが、毎日続けていると飽きてしまうことは否定できない。面倒な時には自分たちで作らずに弁当を買ってみたり外食をして済ませるなど、何のために来ているのかよくわからない状況になる。
 更に酷くなると外食すら億劫になるのだが、そうは言っても何も食べないわけにはいかない。人間に必要な衣食住のうち、とりわけ食についてはあらゆる生物にとって欠かすことのできないものだ。生きるということは何かを食べ続けることである。
 というわけで、やる気を総動員して布団から抜け出す。始めてしまえばどうにかなるものだ。起き抜けでまだぼんやりとする頭でキッチンに向かい、冷蔵庫を開く。
「……」
 長門がいたわけではない。俺が出てくる時はまだ布団の中ですやすやと寝息を立てていたから、まだそこにいるだろう。
 俺が言葉を失ってしまったのは冷蔵庫の中に何もなかったからだ。完全に空っぽというわけではないのだが、野菜や肉の類はない。朝食をプリンやゼリーで済ませるのもなんとも不健康だろう。
 さて、これからどうするべきだろう。ここにある食材で作るつもりになってしまっていたから今さら外食をしたり買いに行く気にはなれない。こうなったら寝室に戻って二度寝して昼頃にやる気が復活していることを祈るべきかも知れない。
「……」
 今度こそ長門がいた。寝室の前、心ここにあらずといった表情でぼんやりと立っている。なぜタオルケットを右手から引きずらせているのかはよくわからない。
「どうした?」
「空腹」
 そうか。だが、材料がないし買いに行く気にもなれないから昼までまた寝直そうと思っていたんだが。
「大丈夫」
 言うと、長門はエアコンのリモコンをぽちぽちと押した。それに反応したエアコンがピーピーと電子音を発する。
「電話じゃないぞそれ」
「……温度を変えたかった」
 あくまで間違っていたことは認めず、長門はリモコンを置いて今度は携帯電話を取り出して操作をする。受話器に向かってぼそぼそと言葉を交わすと、ボタンを押しながら「これで大丈夫」と断言する。
 そうか、世の中には出前という文化もあるのを忘れていた。これならば家にいたまま食事をすることができる。ピザなどは頼まなくてもチラシが入っているし、その他にもラーメン屋やソバ屋、更にはチェーンのカレー屋なども出前を行っている場合がある。出前専門店というのも存在するのだから、めんどくさがりの人間は多いということだろう。
 まあ、朝から出前というのも正直堕落しきっている気がしないでもないが、やる気がないのだから仕方がない。
 しかし、長門は一体何を頼んだのだろう。一緒にした食事の回数はもう数え切れないほどになっており、長門に聞けば正確な数字を教えてもらえるかも知れないがとても知る気にはなれない。
 それほど一緒に食べる機会が多いのだから、俺の好みは長門も知り尽くしているわけで、おかしな物が来るとは思えない。ここは一つ、到着するまで知らずにいた方が楽しめるのではなかろうか。
「お茶でも飲んで待つか」
「飲む」
 キッチンまで来てしまったことだし、このままここで過ごすことにする。飯が食う前だからお茶菓子などは口に入れない方がいいだろう。お湯を沸かして急須を用意していると、チャイムの音が聞こえた。
 思ったより早いが、ピザなどは注文から三十分以内などというところもあるし、それほど驚くほどでもない。何を頼んだか知らないが、かさばるものなら手が必要なので俺はそのまま玄関に向かった。
「あ、おはよう」
「なんだお前か」
 ドアの外にいたのは朝倉だった。まあ、早すぎると思ったがやはり別件だったか。
「お前かはないでしょ? せっかく作りに来てあげたのに」
 ビニール袋の音をがさがさと鳴らしながら朝倉が上がり込んできて、そのままキッチンに向かっていく。
「なあ長門、もしかしてさっきの電話は朝倉だったのか?」
「そう」
 そうか、てっきり俺は出前でも頼んだと思ったんだけどな。
「店に頼むより経済的」
 そりゃそうだが、何かいいように使ってるみたいで少しだけ悪い気がするな。
「それともう一つ理由がある」
「なんだ?」
「三人で食べた方が美味しい」
「そうだな」
 頭にぽんと手を置いてから、手伝うためキッチンに向かうことにした。