今日の長門有希SS

 6/15分、6/16分の続きです。


 昼食の間に決まった通りに午後は全員での行動になる。
 駅の近くには飲食店が多いが、箸を出すような店ばかりというわけではない。更に古泉が既に箸袋を持っている店は除外することになるので、実際に入らなければいけない店の割合はそれほど多くはないはずだ。
「まずはここかしら」
「待て」
「なによ」
 足を止めたハルヒに声をかけると、不満そうな顔で振り返る。
「本当にここに入るつもりなのか?」
「そう言ってるじゃない」
 当たり前のような顔をしているが、目の前にあるのはハンバーガーのチェーン店だ。箸で食べるメニューなど存在していないのだから、割り箸を置いているはずもない。
「あるかどうか、聞いてみなきゃわからないでしょ」
 言うとハルヒはさっさと店内に入って行ってしまう。残ったメンバーを見回してみるが、ハルヒに反論するような者は俺の他にはいない。
 まあ、店員に箸がないと聞けば帰ってくるだろう。いくらハルヒでも、それくらいの常識はわきまえているはずだ。
 店の外で待つことしばし。手ぶらで戻ってきたハルヒを見て次の店に行こうとすると、
「ポテトが揚がるまでもう少しかかるらしいから、先に席取ってて」
 なんだって?


 週末のハンバーガー屋はそれなりに混んでいたが、ちょうど五人程度で座れるスペースを見つけて確保した。それからすぐ、トレイを持ったハルヒがやってくる。
「お待たせ」
 その上には、ポテトと割り箸が一膳。その袋に印刷されているのは「おてもと」などという味気ないものではなく、確かにここの店の名前だ。
「古泉くん、はい」
「ど、どうも」
「あら、もしかしてもう持ってた?」
 受け取った表情を見てハルヒが少しだけ不安そうな顔をするが、すぐに古泉は「いえ」と否定する。
「僕のコレクションにはまだここの袋はありません。貴重な袋をありがとうございます」
「こういう店って案外忘れがちなのよね。気を付けなきゃダメよ」
「はい」
 一杯のかけそばならぬ一袋のポテトを囲む俺たち。五人で食べるポテトはあっという間になくなってしまい、すぐに店を出ることになった。


 続いての店はいわゆるセルフ式のカフェだ。こういったところはパンやケーキのようなデザートも売られており、コーヒーを飲むだけでなく食事をすることもできる。あまり安いとは言えない値段の物が多いが、ともかく、箸で食べるような物は置いていないはずだ。
「ほら、古泉くん。ここのも持ってないでしょ?」
「あ……は、はい」
 ハルヒの渡す箸袋を再び複雑な表情で受け取る。あり得ない店が二つも続いた。
「……」
 箸の方を渡された長門はマドレーヌを箸で口に運んでいる。これは五人で分けて食うようなもんじゃないよな。口の大きい奴なら一口で食えそうだ。
「もう終わっちゃった? それじゃあ次ね」
 先ほどのハンバーガー屋に輪をかけてあっという間の移動となる。これじゃ思い出も何もあったもんじゃないが、そんなことよりも気になることがある。
「古泉、ちょっとおかしくないか?」
 先頭を歩くハルヒには気づかれぬよう、小さな声で話しかける。
「ええ」
 俺の言いたいことはわかっているようだ。コレクションが増えて嬉しいはずの古泉だが、その表情に笑みはない。
「恐らく、この先どこの食べ物屋に行っても箸があるでしょう」
 二件とも箸が置いてあるような店ではないのに、こうも続くときっとそうなのだろう。
「僕の知り合いのコレクターに、この袋を持っている者はいません」
 丁寧に財布から取りだしたそれらを俺に見せる。
「原因はやっぱり……」
「そうでしょうね。ですが、それほど心配するような状況ではないかも知れません」
「心配するような状況じゃない?」
「涼宮さんは『午後は店を回る』とおっしゃっていたので、普通に考えれば午後の活動時間を箸袋回収にあてるとのことですよね。僕の推測が正しければ、行く先々に箸があるのはきっとその間だけでしょう。今までの通例で言うと夕方までには活動終了ですが、今回の場合は夕食あたりまで食べて解散という線も考えられます」
「異常事態も半日ってところか」
「恐らく。涼宮さんの機嫌も悪くありませんし、僕としてはそれほど問題のないものだと思っています」
 まあ、何もしなくても解決するならそれでもいいよな。
「そういったことを抜きにして、僕個人としてもこの状況はそれほど悪くはないと思っています」
「どういうことだ」
「他のコレクターが持っていないレアな箸袋が手に入って嬉しいです」
 そっちかよ。
「古泉くん、ここも持ってないでしょ?」
 フライドチキン屋の前で振り返るハルヒに「ええ」と笑顔を返す古泉。先ほどまでまじめな顔をしていたくせに、変わり身の早い奴だ。
 しかし、今までの二件に比べて少々問題がある。ポテトは全員で分けたし、マドレーヌもちょっとしたデザートだったのでよかったが、ここのはさすがにずしりと重い。
「……」
 俺の視線に気がついたのか、心配することはないと言いたげに長門は首を横に小さく振る。
「そろそろ肉が食べたい気分だった」
 そうかい。