今日の長門有希SS

 昔のドラマの再放送を見ると、様々なものが現在と大きく違っている。ファッションや髪型なんかもそうだが、それ以上に家電製品など技術が進化していることを感じさせられる。テレビは薄っぺらいのが当たり前になりつつあるし、今や子供ですら携帯電話を持つ時代にもなった。
 しかし、技術が進化すればいいってものじゃない。どことなく無機質な現在の電化製品よりも、昔ながらの物の方が風情があったりする。昔はよかった、という言葉を聞くのもそういった心理が働いているのだろう。
 果たしてそのようなことを思ったからだろうか。ハルヒがこんなことを言い出したのは。
「昭和っていいわよね」
 いいと言われてもな。
「ほら、なんか昭和って懐かしい感じがするじゃない」
 俺たちが物心着いた頃には既に昭和ではなくなっていた。いや、そもそも生まれた頃にな。確かに国民的アニメに出てくる黒電話には実物を見たことのない俺でもどことなく懐かしさを覚えるが、かといって昭和全般が懐かしいかと言えば疑問を呈せざるを得ない。
「響きがいいのよ、昭和」
 そうかい。俺にはその感覚がよくわからないけどな。
「あんたは鈍感すぎるのよ」
 そんなもんかね。


 どうでもいい話はすぐ記憶から消えてしまうことで。ハルヒとそんな話をしていたなんてすっかり忘れた休み時間のことだ。
「ちょっとよろしいですか?」
 こんな時間から顔を合わせるのは珍しい。便所から出てきた俺を待ちかまえるように立っていたのはSOS団屈指の営業スマイル男に他ならない。
「一体どうした」
「困ったことが起きました」
 そりゃお前の顔を見ればわかる。こいつが妙な時間に現れるのは、大抵何か面倒なことが起きたことを意味する。しかもそれはハルヒがらみのことで、こいつの所属する『機関』とやらだけでは解決できない場合である。
「時間が足りないので、手短に説明します」
 どこか人気のないところに移動するほどの時間もないのだろう。古泉に促され、他の奴には聞こえないよう近くの窓から顔を出す。こうして並んで外を眺めるのは、端から見りゃのどかな光景に見えるかもしれないが、内心そんなに落ち着いてはいられない。
「年号が変わりました」
「年号だと?」
「ええ、今は平成ではなく昭和になっています。何か心当たりはありませんか?」
 昭和と言われてピンと来る。今の今まで忘れていたほどどうでもいい会話の一部始終をこいつに聞かせてやる。
「そうですか。恐らく一時的な憧憬が現在の年号を昭和に変えてしまったのでしょう」
 そんなことになって世界に何か影響が……ないんだろうな。ええと、現在は昭和の八十年くらいになってるのか?
「いえ、違います。昭和は確かに一度終わって、また昭和が始まったのです」
 どういうことだ?
「名前が平成から昭和になったのです。これを見てください」
 古泉が差し出したのは新聞であり、確かにそこには昭和と印刷されている。年数は平成だった時と同じだ。
「ずっと昭和が続くことに無理があるとあると涼宮さんは考えたのでしょう。先代がまだ亡くなっていないことになりますから」
 同じ年号が二つ続くことも十分に無理があるけどな。今まで毎回変わってきたというのに、どうして今回だけ同じなんだよ。
「その点も、矛盾が起きないように改変が起きています」
 あいつは一体何をやらかしたんだよ、今回は。
「全ての年号が昭和で統一されています」
 大正や明治もなかったことになってんのか。
「そうです。それらも含め、歴史上の全ての年号が昭和になっています」
 それを聞いて脱力してしまう。全部同じになってしまえば懐かしさも何もないだろうが。
 しかし、一般の日常会話で年号の話題になることなんて滅多にない。先ほどハルヒと話したのは例外的なものであり、放っておけば飽きて元に戻るだろう。あいつの一時的な気分の問題だろう?
「その点は我々の見解と一致しています。そうですね、二日……いえ、丸一日も経過すれば元に戻るでしょう」
 そりゃよかった。それじゃ、せいぜいあいつが新聞を見ないことを祈るだけだな。
「いえ、恐らくこのまま何もしなければ涼宮さんが気づいてしまう可能性が高いです。そうなれば、このまま全ての年号は昭和で統一されてしまうことも考えられます」
 どういうことだ? 普通に暮らしてりゃ、年号なんて意識することは滅多にないだろ。
「年号が頻繁に登場する本を読む場合は?」
 その言葉ではっとする。便所に出る前に用意した教科書の種類は何だった?
 表情を見て俺がそれに気づいたとわかっているのだろう。確認するように、古泉がこう言った。
「次の授業、現代社会ですよね?」
 答える前に俺は教室に向かって駆けていた。