今日の長門有希SS

 人間が目を覚ます時にはいくつかパターンがある。
 十分な睡眠を取り自然に覚醒するのが理想的だとは思うが、休日くらいしか体験できないことである。大抵の日はいつまでも寝ていられるわけではなく、けたたましい目覚まし時計のベルによって目を覚ましたり、妹に乱暴に叩き起こされたりすることが日常である。
 しかしながら、それらの刺激より先に起きてしまうこともなくはない。寝ぼけ眼で時計を確認し、予定していた一時間ほど前だったこともある。
 意図しないほど早く目を覚ましてしまう原因の一つは尿意である。寝る前に飲み物を飲み過ぎた、面倒になってトイレに行かなかったなどの理由があるからだが、そんなことは正直どうでもいい話だ。すぐにこの尿意を解消し、また布団に戻って改めて眠ることが重要である。
 と、そのような理由でトイレに駆け込むのだが、すぐには尿意を解消できない場合がある。出そう出そうと焦ると逆にそれが遠ざかってしまう。
 いわゆる朝立ちという状態である。
 これは正常な男性の生理現象であり、決して俺が性的な夢を見たからだとか、起きた瞬間から性的な妄想をしていることなどが理由ではない。しかしながら、男性の性器には尿と精液を混同しないよう大きくなっている時には尿を出さないようにする機能があり、今のような状態ではなかなか尿が出ない。
 ソフトな状態になれば自然と排尿もできるのだが、意識してしまうとなかなかその状態になってくれない。まあそう言うプレイも世の中にはあるのでハードな状態での排尿もできないことはないが、あまり心地のいいものではないので可能ならばソフトな状態に持っていきたいところである。
 目を閉じて雑念を振り払う。しかしながら、肥大化したそれが妄想を呼び込むのか、俺の脳裏には性的な記憶が蘇ってしまう。
 卵が先か鶏が先かという論争を思い出すが、この場合は果たしてそれはどちらが原因なのか。
 さて、このような時には他のことを考えるべきである。例えば素数をカウントすることなどが効果的と言われているが、その程度で振り払えるほど長門艶姿は生半可な物ではない。数字をカウントすることによって笑いを取る芸人がいるが、あれを応用するのもいいだろう。例えば三の付く数字と三の倍数の時にはアホになり、素数の時にはグーニーズのテーマソングを歌う。これくらい複雑にしておけば今も脳裏で俺を誘惑し続ける長門のM字開脚もどこかに飛んでいくはずだ。
 深呼吸をして、俺はカウントを始める。
「一、二――」
 アホスタンバイをしていた俺だが、改めて素数の概念について思い出すと二の時点で素数が現れているのだ。三までの一連の流れを想定していた俺はそこで少しばかり困惑してしまったが、決めてしまったものは仕方ない。俺は小声でそれを口ずさみ始める。


「アイヤヤヤーヤーヤー!」
 盛り上がりのうちに一曲目を終了し俺は一息ついた。
 カウントを再開し始めようと思ったところでふと気づく。数字が大きくなると素数の現れる頻度が少なくなるのだが、最初は連発でシンディ・ローパーにならねばならないようだ。しかも最初にアホになる三も素数であり、二曲目はアホ状態でシンディ・ローパーにならねばならない。三以外の三の倍数は素数になり得ないが、素数には三の付く数字が比較的多く、今後もアホになりながらグーニーズはグッド・イナフを何度も歌う状況になる。
 やはりグーニーズはグッド・イナフは失敗だった。これなら古泉のニヤケ面でも思い出して性的欲求など起きなくなるようにした方がよかった。しかしながら、定期的に古泉の顔を思い出すのはなんとなく腹が立つ。
 ともかく、次は三だ。アホになりながらあの昭和の名曲を熱唱しなければならない。口を開き息を吸い込んだところで、


 コンコン――


 ノックの音が俺の思考を停滞させる。
キョンくーん、早く出てー」
 ドアの外から聞こえるのは妹の声だ。トイレの外から中に誰かがいるのはわかるだろうが、どうしてそれが俺だと思ったのかは謎である。例えば長門の部屋ならば部屋にいるのが俺と長門の二人なのでお互い相手が入っているとわかるだろうが、ここは俺の家であり当然のことながら俺や妹以外にも家族はいる。
「ちょっと待ってくれ」
 ドアの外に誰かがいる状態ではスムーズに排尿や排便を行えないのだが、妹が移動する様子がないので仕方ない。しかも今の俺は……いや、最初に懸念されていた状況はいつの間にか改善されていた。シンディ・ローパーとフラッテリー一家に感謝を捧げつつ、俺は水洗によって音を消しつつ尿意を解消するのであった。