今日の長門有希SS

 4/224/244/25の続きです。


 繁華街では何かを食べながら歩いている若者の姿が目に付く。クレープだったり、ソフトクリームだったりデザート系のものが多いが、場合によってはハンバーガー屋のポテトを食べながら歩いている者もいなくはない。食事をしながら歩くのはあまりマナーがいいとは言えないが、それほど不自然な行為ではない。
 しかしながら、今の俺たちは他人の目には少々異質に映っているらしい。高校ではハルヒの奇行に慣れている者が多いので多少のことで注目を浴びることはないが、さすがにここではそういうわけにはいかない。先程から妙に視線を感じるのは改めて考えるまでもなく俺とハルヒの手にあるものが異質だからだ。
「さっきからみんなこっち見てくるわね。あたしたち二人をどう思ってるのかしら」
 手に持ったキュウリを咀嚼しながらハルヒがニンマリと笑う。
「農家の人かもな」
 言いながら俺もキュウリにかぶりつく。いい音を立てて本体と分離した欠片をコリコリと口の中で砕く。
「何もつけなくても美味しいわね」
「そうだな」
 こんな地価の高そうなアーケード街で店を続けているほどの八百屋なのだから、それなりに質の高いものを売っているのだろう。店が古くさく見えるということは、それだけ長い間商売を続けている証明でもある。
「さて、食べ終わったし次の店も調べるわよ」
 ゴミ箱にキュウリのヘタの部分を放り投げ、ハルヒは歩みを早めた。


 結局のところ、ハルヒが話を聞いたのはそれぞれまっとうな手段で儲けている店ばかりだった。訪れた客に直接商品を売る以外にも、言われなければ気づかないような商売が世の中にはかなり存在するらしい。
 ハルヒはすっかり不思議を探すという本来の目的を忘れたようで、店で話を聞いてきてはしきりに俺に説明してくる。その際、自分がその商売をしているわけでもないのに己の手柄のように話すハルヒを見ていると、妙におかしく思えた。
 と、そんな風に好奇心を満足させてここに来た目的を忘れてくれればいいなと思っていたところで、俺はそれに気が付いた。
 それは妙な店だった。ショーウィンドウにはカラフルな絵が表紙になった薄っぺらい本が置かれて、店内にもそれらが陳列されている。普通の漫画ではなく、ノートや雑誌のように薄っぺらく大きなそれは、いわゆるアメコミというやつなのかも知れない。
「なにあの店」
 ハルヒもそれに気づいてしまった。
キョン、あんな店あったっけ?」
 その言葉を聞いて俺は古泉の予感が正しかったのだと知る。ハルヒは本当に、怪しげな店を作り出してしまった。望むままに。
「……」
 店主や従業員だろうか、店内から一人の男がこちらを見ていることに気づいた。手入れを怠ったようにぼさぼさの髪と、褐色の肌。何より特徴的なのはぎょろりとしたその目つきだ。
 間違いなくここが本命だ。この商店街……それどころか、俺たちが今まで探してきた全ての場所の中でもこんなに怪しい店は他にはないだろう。
 ここにはハルヒの望む不思議が眠っている。いや、眠っているというより、あると言うべきだろう。こんなに怪しくて、不思議じゃないわけがない。
「なあ、ハルヒ……」
 無言でその店を見つめるハルヒに声をかける。妙にかすれた声になってしまったのは、これから起きることを想像してしまったせいだろうか。
 しかし俺の危惧を余所に、ハルヒは予想外の言葉を口にする。
「こんなに怪しいところって意外とまっとうにやってるもんなのよ」
「は――」
「まあ、こういう店が犯罪の一つや二つに手を染めていても驚かないわ。でも、怪しい奴が変なことをやっていたらそれはもう不思議でもなんでもなくて、必然って言うのよ」
「そんなもんか」
「そうよ。だからここはほっといてさっさと行くわよ」
 ハルヒに手を引かれながら、俺はそっと胸をなで下ろす。ハルヒの思考回路がズレていて助かった。