今日の長門有希SS
「いたっ」
授業中のこと。
文武両道のハルヒにとっては授業など聞く価値もないのだろう。例によって何やらごそごそと無関係なことをやっていたと思ったら、小さく声が聞こえた。
「キョン、爪切り持ってない?」
「何やってんだお前は」
「爪割れちゃったのよ」
くるりと首を回すと、机の上には小さなプラスティックの欠片が散乱していて、中央にそれを組み合わせたようなものがある。
「何やってんだお前は」
「見てわかんないの? ゾイドよ」
「授業中に組み立てるもんじゃないだろ」
「仕方ないじゃない、退屈なんだもん」
退屈だからと言ってプラモデルを組み立てていいという道理はない。
「だからプラモじゃなくてゾイドだってば」
「何が違うんだ?」
「ギーギー言って動くのよ」
「動かすなよ」
「これがまた面白いのよ。音と動きが全然合ってなくて」
「完成してもスイッチ入れるなよ?」
「もしかして、それ」
何か思いついたようにぽんと手を叩く。
「三回言ったらやれってフリ?」
違う。
「それよりキョン、爪切り持ってんの?」
「ない」
「それならそうと早く言いなさいよね。授業中なのよ」
いや、授業中にゾイド組み立てていた奴の言っていい台詞じゃないけどなそれ。
そんなことも忘れて授業の合間、トイレから戻ってきた俺は信じられない光景を見ることになる。
「朝倉――!」
どこかで見たことのあるようなないような構図。顔を引きつらせて後ずさりするハルヒに、ナイフを持った朝倉がにじり寄っているのだ。
「何やってんだお前は!」
遠巻きに見ているクラスメイトをかき分けて二人の間に立つ。
「キョン!」
背中にすがりついてくるハルヒをかばうように腕を開く。
「だって、涼宮さんが言うんだもの」
笑顔を浮かべたまま、普段通りの口調で近づいてくる。
あの時もこいつは、こうだった。平然と、何でもないように、俺たちを――
「爪が割れちゃったって」
は?
「爪切りは持ってないけどこれで切ればいいのよ」
「だから危ないって言ってるでしょ!」
「大丈夫よ。いつもこれで切ってるから慣れてるし」
いつもなのか。
「キョン、あんたからも何か言ってよ!」
知らん。
「そうだ、先にキョンくんの爪を切って実演してみる? それで安全だってわかるでしょ?」
モルモットにされてたまるか。
走り出そうとするが、足が固定されたように動かない。
まさかまた朝倉の能力かと思いきや、背中に柔らかい感触が触れている。
「どういうつもりだ、お前は」
「あんたが大丈夫ならあたしも安心だから。それに、爪割れたままだと不便だし」
俺を羽交い締めにしたままそんなことを言いやがった。かばってやったのにそれはないだろう。
「それじゃ、爪を――あれ?」
近づいてきた朝倉は俺の指先をまじまじと見て首を捻ってる。
「短すぎて切れないよ」
朝倉がすっと離れる。定期的に爪を切って手入れしているので、ナイフで切れるような長さは残っていない。
「何でこんなに深く切ってるの?」
「それはわたしが説明する」
声は教室の入り口から聞こえた。
「長門さん?」
「爪が長いとわたしの膣内に傷が付く恐れがあるから」
羽交い締めにされたままギリギリと締め付けられ、俺は意識を失った。