今日の長門有希SS

 交通手段は行き先によって異なる。
 近場の移動では自転車を使うが、近すぎて自転車を出すのが面倒だったり、一人でなく長門と一緒にちょっとコンビニまで行く程度なら歩いたりもする。
 遠出をする時はバスや電車を使うことになるが、自転車でも不可能ではない距離の場合は難しい。少々疲れてしまうのはネックだが、高校生にとっての数百円は貴重だし、何より時刻表などを考えずにいつでも移動できるというのは便利である。距離にもよるが、バスや電車を使うよりも自転車で直接行った方がいい場合もある。
 困るのは天気の悪い場合だ。行きも帰りも曇っているだけなら問題ないが、用事を済ませている間に雨が降り出して、雨の中自転車を漕いで帰らざるを得ないこともある。それならまだしも、とても自転車では帰れない土砂降りの時は公共の交通機関を使わねばならず、後日またその場所に自転車を取りに戻らねばならないのが困ったものだ。
 とまあ、そんな事情があって、現在俺たちは電車を待っている。
「座れるかしら」
 先頭に立つハルヒがホームを見回している。
 目的は俺と古泉の自転車を回収するだけなのだが、なぜかSOS団全員で取りに行くことになった。ついでに買い物をしたり街をぶらつこうって話にもなっているので、まあ、単なる口実ということだろう。花見と称して宴会をするのと似たようなものだ。
「混んでるわねえ」
 ホームをゆっくりと移動する電車を眺めてハルヒが呟く。
「統計的にこの車両が一番座れる可能性が高い」
 とは長門の談。同じ電車の中でも、他の駅でのホームでの出入り口の位置によって車両ごとに乗客の偏りがあるものだ。
「そうね……確かに空いてきたかも」
 俺たちが乗る車両が近づくと微妙に立っている人数も減ってきた。
 電車が止まってドアが開き、降りてくる客もいなくなったところで電車の中に滑り込む。一つの車両に対してドアは数カ所あるので、このドアの先頭にいるからと言って最初に入れるわけではなく、例え席が空いていたとしても必ず座れるとは限らない。
「おし」
 素早くハルヒが座席を確保した。ハルヒを差し置いて俺たちが座ることはためらわれるわけだが、運動神経の塊で一番抜け目ないハルヒが座れずに俺たちが座席を確保できることは滅多にないので、そもそも心配する必要はない。
 幸運にも俺はハルヒの向かい側にあった空席に到着する。しかし、長門や朝比奈さんや古泉は立っているので、男の俺が座るというのは少々気が引ける。
 だが、このまま見逃してしまえば誰かが座ってしまうだろう。ここはとりあえず俺が座り、しばらくしてから朝比奈さんか長門に交代するのがいいのではなかろうか。
 と、そんな判断によって俺はその席に体を滑り込ませる。
「あ――」
 朝比奈さんを呼ぼうとしたのだが、この座席は狭く、なおかつ左右が男であることに気づいて俺は言葉を止めた。ここに朝比奈さんを座らせてしまうと、あの豊満な胸が左右の男に触れるだろう。朝比奈さんの胸をどこの馬の骨とも知れない男たちに当ててんのよさせるわけにはいかず、俺は心の中で朝比奈さんに謝ってから目の前にいた長門の方に向き直る。
「座るか?」
「……」
 じっと俺の顔を見ていた長門がゆっくりと首を縦に振る。
「それじゃあ――」
 立ち上がろうとしたところで長門は俺の額に手を当てる。
長門?」
 それほど力を入れていると思えないが、背中と尻に強力な接着剤を塗られたように立ち上がることができなくなった。
「座る」
 と言って、長門くるりと体を反転させて、座った。
 俺の膝の上に。
「ちょっと! 有希!」
「電車内では静かに」
 立ち上がりかけたハルヒもそう言われて口をつぐんでしまう。
 確かに座れと言ったものの、まさか俺の上に座ることになるとは思わなかった。見回してみると、朝比奈さんや古泉はこちらを見て目を丸くしている。
 やはりこの状態はまずい。
「なあ長門
「これなら胸は当たらない」
 俺は何も言えなくなり、電車を降りるまま長門の椅子になり続けた。