今日の長門有希SS

 本屋には店舗によって特色がある。売られている本に偏りがあったりもするし、陳列方法にだって違いがある。その店が売りたいと考えている商品は平積みにされたり、表紙を向けて棚に置かれることになる。売りたいというのは面白いからというのもあれば、単純に入荷量が多い場合もあるだろう。まあ、客にはそれはわからないことではあるが。
 そして、売られている商品が特に違うのは古本屋だ。業者間で商品のやりとりはあるかも知れないが、その店の在庫は訪れた客の売った本だからだ。いわゆる少年向けの週刊誌に連載されている漫画は多少の偏りこそあれ大抵のものが人気に比例した在庫数となるが、青年誌の漫画、小説などは元々の流通量があまり多くないため店によってラインナップが大きく異なる。
 だから、なんとなく本を見たいという時はともかく、何か目的がある場合は行く店を選ぶ必要がある。例えば今日来ている店は少々離れた場所にあるが、長門に言わせるとSFのラインナップがいいらしい。そこそこ新しいものが売られており、しかも買う客が少ないので値段があまり高くないとか。
 まあ、新しくても買いたいというのは普通に買っているのだが、優先順位が低く図書館に置かれていない本はここにあれば買うのだとか。俺たち高校生の資産は無限ではなく、多少はやりくりに気を遣わねばならないのだ。
 作品によって買ったり買わなかったりする心理は俺にもよくわかる。例えば映画などは公開直後に映画館で観たいものもあれば、DVDが出るのを待つもの、更にはどうせテレビで放送されるからそれで済ませてしまうものなどがある。具体的にどんな作品がどこに分類されるかはその時の気分や財布の中身で変わるのだが、長門の本だって同じようなものだろう。
「買った」
「ああ」
 両手に持っていた袋のうちの片方を無言で受け取る。またかなり買ったもんだなこりゃ。
「売った分もあるから問題ない」
 ここに来た目的の半分は本を売ることである。ここにあるものを長門が買うだけではSFコーナーの在庫は減る一方であり、長門の読書ペースを考えればSFコーナーが消滅してしまう恐れがある。買ったり売ったりすることにより、この店でのSF小説の流通が活発になり、似たようなSFマニアを引き寄せるのだそうだ。
 長門によると、今ほどではないが長門が高校に入学する前からここの店は他の古本屋よりもSFコーナーが充実しており、ここで売買していたとのことだ。まあそもそもSF小説はあまり大きい市場ではないので、長門もここのSFコーナーを作り上げた一因であるのかも知れない。
「にしても、来た時より荷物が増えている気がするんだが」
「……」
 目を逸らすな。
「こんな時もある」
「そうか」
 こんな時ばかりのような気がするけどな。


 長門に好みの古本屋があるように、俺にもそんな店はある。ここに来るのは長門と一緒ではなく大抵は一人のことが多い。
 その理由は、長門と一緒の時には買いたくない本が充実しているからだ。
「ほう」
 本棚の前で俺は思わず声を出してしまう。相変わらずここを訪れる誰かはよくわかっていらっしゃる。趣味がいいというか、まあ簡単に言うと俺に性癖が似ているわけだ。
 例えばこの漫画など、多少絵柄が濃くて初心者には受け付けないかも知れないが、俺や顔も知らないあいつにはこれくらいがちょうどいいのだ。
 例えば世の中には寝取られというジャンルがある。恋人が別の奴に取られるというのを楽しむ少々歪んだジャンルではあり、仮に長門を誰かに取られたら恐らくそいつをどうにかしてしまうのだが、創作物の中ではそこに楽しみを見いだすこともある。
 この本はよかった。
 俺はそっと背表紙をなでる。これは俺が売った寝取られ漫画の中でも特に素晴らしいと思ったものだ。まだ読みたいとは思ったが、売ったのはその顔の見えないあいつにも読んでもらいたいと思ったからだ。
 そう、この店に訪れてエロ漫画を売買している客は恐らく俺ともう一名しかいない。いや、完全にその二人だけというのはあり得ないが、陳列されているラインナップの偏り方や、在庫の増減するタイミングなどを見ていると、ここに通っているのは俺たち二人しかいないと判断できる。
 あいつは今月はまだ来ていないらしい。いつもこのくらいの時期にはがらりと在庫が入れ替わっているのだが、前回見た時と大きく変わっていない。もしかするとあいつはもう売っているが陳列される前の状態で店の奥に収納されているのかも知れないが、俺にはわからないことだ。
「やあキョン
 そろそろ帰ろうとドアに向かうと見慣れた顔を見つける。いつも教室で見ている顔だが、こんなところで出会うのは珍しい。
「一人?」
「そっちこそ今日は谷口と一緒じゃないのか」
 国木田はその言葉に苦笑する。
「ナンパに行ってるみたい」
 溜息が出てしまう。あいつは女のことしか考えてないのか。
「帰るところだったの?」
「ああ、めぼしい本がなかったんだ」
「そう」
 店内放送がかかると、国木田は「あっ」と声を出す。
「ごめん、売りに来た本の審査が終わったみたいだからちょっと行ってくるよ。また学校で」
 ひらひらと手を振り、カウンターに向かう国木田の背中を見送った。


 後日、そこの店のエロ本のラインナップが大きく入れ替わるのだが、それはまた別の話。