今日の長門有希SS

 いわゆる大型書店と呼ばれる店舗には本だけでなく様々なものが売られている。文房具はまあ基本として、CDショップが入っていたり、CDやDVDのレンタルショップやゲームショップなどもある。
 だから、本来の目的は本を買うことなのに、ついふらっとレンタルのコーナーに足を運んで映画を借りてしまうのはそれほど珍しいことではない。最近じゃ映画のDVDが出るのはとても早く、ちょっと前まで劇場でやっていた映画が貸し出されていたりする。まあ新作は少々値段が高いが、それでも話題作などは全て貸し出し中だったりするので、旧作に比べて高いと言っても所詮は数百円だからだろう。
 DVDならともかく、ゲームは衝動的に買うには厳しい金額である場合が多い。例えば今、目の前に平積みされてディスプレイでデモが流されている有名なゲームソフトがあるのだが、週末ごとに財布から金が消えていく俺の財政状況ではとてもではないが手が出ない。話題作だから気にはなっているのだが。
「……」
 くいくいと引っ張られる感覚があって顔を向けると、長門の顔も俺を見上げていた。
「欲しい?」
「ちょっと気にはなるが、買うほどではないな」
 ぽんと買ってしまえるほど金を持っていないと言うのが事実だが。
「買う」
「いや、いい」
 ひょいっと持ち上げた長門の手からソフトを取って棚に戻す。
 長門に金を出してもらってゲームを買ってしまうと、俺は何かに負けてしまうような気がする。つーか、そんな物欲しそうな目で俺はこのゲームソフトを見ていたとでも言うのだろうか。まるでそれはショーウィンドウの中のトランペットを見つめる子供のように。
「……」
 長門は視線を俺の顔からモニタの方に向ける。毎月生活費をどこからともなく捻出している長門にとってはこの金額はそれほど大きな物ではないのかも知れないが、それでも俺のために出してもらうには少々高い買い物だ。
「実はこのゲームは持ってるんだ」
「持ってる?」
「ああ、これはいわゆるリメイクってやつで、別の機種でも発売されてるんだよ」
「わかった」
 長門は納得したようにかくかくと首を上下に振る。
「では、このあとはあなたの家に行く」
「え?」
 突然すぎる長門の提案に俺は少々驚いた。一体、何をどうしたらそのような結論に達するんだ。
「興味があるから」
「そうか」
 どうやら、別に俺にプレゼントするために買おうと思っていたわけではなく、単純に自分でやってみたかっただけということらしい。


 で、やってきたのは俺の家。長門を連れてくるのはもう何度目かわからないが、妹もすっかり懐いたもんで、長門のそばから離れようとしない。
 今回は別にかまわないが、二人きりでいちゃいちゃと過ごそうと思っていた時もこのように部屋から出ていこうとしないから困った物である。小学校の高学年にもなるのだからもう少し配慮というものを覚えて欲しいものだ。
「……」
 まあ、妹を膝に乗せてどことなく普段より楽しそうな長門を見ていると、そんなことは口に出す気にもならないのだが。
「今日はどうしたのー?」
「ゲームをやりにな」
 テレビに線を繋ぎ、ゲームをセットして長門にコントローラーを渡す。
「有希ちゃんが?」
「ああ」
 話題に上ってる長門はと言うと、コントローラーを握ったままテレビを眺めているだけだ。
「それを使って操作するんだよ」
「……」
 不思議そうに首を傾げる。今までゲームをまともにやったことはないはずだし、何をどうするのかわからないか。
「ああ、まずセーブデータを作るんだよ。決める時はこっちのボタンを――」
 と、俺と妹で手取り足取り操作法を教え、ゲームを始めることになった。そもそも長門はRPGがどういうものかあまりわかっておらず雑魚相手に死んだりもしたが、三十分もやっていると普通にプレイできるようになった。
「そろそろ飯の時間だから終わるか」
 ちょうどセーブしたので長門の肩をぽんと叩く。
「……」
 妹を抱え込んだままやや前傾姿勢でコントローラーを持っていた長門はじっと俺の顔を見上げる。
「クリアは?」
「まだまだ先だぞ」
 慣れた奴なら一日くらいでクリアしてしまうのかも知れないが、素人同然の長門じゃそれは無理だ。
「……」
 不服そうに俺の顔を見つめる。先に言っておけばよかったか。
「有希ちゃん、また来ればいいんだよ」
「そう」
 妹の言葉にあっさりと納得したように電源を落とした。
「また明日来る」


 それから長門がそのゲームをクリアするまでほぼ毎日俺の家に通うようになったのは言うまでもないことだ。