今日の長門有希SS

「なんかあった?」
 授業と授業の合間にはちょっとした休み時間がある。それは本当にちょっとしたものであり、せいぜいトイレに行ったり教室の中でおしゃべりをしたりするのが関の山。教室から出歩いて別のクラスの奴と話したりするには時間が少々足りない。ま、それは教師によって終了のチャイムの後も長引いてるクラスもあって教室から出られる時間がばらばらだから仕方のないことである。
 元々出歩く予定があったわけでもないが、今回は席から立つこともなく終わりそうだ。立ち上がる間もなくハルヒから声をかけられたからな。
「別に。なんのことだ?」
「あんた携帯見て溜息ついてたでしょ」
 相変わらずこいつはめざとい。授業が終わってから携帯を開いてディスプレイを眺めたのは確かだ。
「授業中に震えてたんだよ」
「メールでも来てたの?」
「いや、着信だ」
「こんな時間に?」
 ハルヒが驚くのも無理はない。俺たち学生がこのような時間に携帯に出られるはずがないことは誰でもわかる。
 俺が高校生でないことを知っているやつなら話は別かも知れないが、そんな相手に電話番号を教えた記憶はない。
「誰よ」
「さあな。登録してない番号だ」
 ハルヒは口をとがらせて眉をひそめる。そのまま数秒目つきの悪い顔を俺に向けて黙っていたが、やがて口を開く。
「なにそれ」
「ワンコール詐欺ってやつだろう、恐らく」
 俺が答えると「そんなのもあったわね」と納得したようだが、途端にまた不機嫌そうな顔になる。
「さっさとそう言いなさいよ。何かと思ったじゃない」
 俺はハルヒに聞かれたことにそのまま答えていただけだけどな。
「うるさいわね。回りくどく言ってないでわかってんなら最初からそう……って、本当にその番号はあんたの知り合いじゃないの?」
「いや、確実にそうだとは言い切れないが……」
「気になんないの? ねえ、かけ直してみない?」
「やめてくれ。こういうのは一度かけ直すと狙われるようになるって話だ」
「でも、あんたの知り合いが何か用事があって電話してきたのかも知れないわよ」
「どうしても必要な用事ならまた連絡が来るだろ」
「わかんないわよ。一度しか電話できない状況だったのかも」
「どんな状況だよそれ」
「病気で倒れて意識が遠のいていく中で最後の力を振り絞って電話をかけてきたとか」
「救急車を呼べ、俺じゃなくて」


 と、チャイムが鳴ったので話はそこで終わったのだが、あそこまでハルヒに言われると気にならないこともない。
「電話番号から相手が何者かわからないか?」
「……」
 俺にそう尋ねられた長門は、一体どんな意図があるのかと首をわずかに傾げ、傾いたままの口にゆっくりと箸でミートボールを運んでいる。
「なぜ?」
「授業中に着信があったんだが」
 ハルヒとの会話も含めて顛末を説明するのを、長門はもぐもぐとミートボールを咀嚼しながら聞いている。
「番号を見せて」
「ああ」
 携帯を取り出し、着信履歴を呼び出して長門に見せる。
「業者と思われる」
「やっぱりそうか」
 長門にそう言われるとほっとする。ハルヒの言っていたのは突拍子もない話だったが、もしかすると知り合いではないかとの疑問はぬぐいきれなかったからだ。
「どっかでそういうリストがあるのかね」
「何らかのリストを用いたものか、ランダムで番号を作り出したものかはわからない。ただ、まっとうな相手ではないのは確実」
 やはりかけ直さなくて正解だったな。その手の業者にこの番号の相手は着信を無視しないと思われると面倒なことになる。
「こういうのは最近減ったと思っていたが、まだ残っていたんだな」
「この手の輩は潰しても潰しても後を絶たない」
 確かにそういうものだ。迷惑メールなんかもなくなる気配はない。
「とりあえずその番号の業者はもう活動できないようにしておく」
 え?
「どうするって?」
「その番号から発信された電話は全て時報に繋がるようにする。それでその業者は活動不能になる」
 いや、確かにそれでその番号はもう終わるけどな。今までもそんなことをやってきたのか?
「そう」
 ひょっとして、ワンコール詐欺の業者が減ったのはお前が……
「待機中に来た電話はそのような業者ばかりだった」
 そりゃ、高校に入るまでは電話をしてくるような知り合いはいなかっただろ。朝倉とか電話をするより直接押しかけてくるような奴だ。
「知らない人から着信があって、かけ直すと怪しげなテープが流れた。あの時の気分は他で形容することはできない」
 思い出したのか、長門の声には静かな怒りが込められている。
「やはり時報ではなく警察署に繋がるようにしておく」
 業者の居所が突き止めやすくなって逮捕されやすくなるかも知れないが、電話を受ける方々はめんどくさくなるだろうな。
「許可を」
「やめとけ」