今日の長門有希SS

 長門は表情がほとんど変わらないので感情の起伏が少ないと誤解されているが、それなりに機嫌が良くなったり悪くなったりする。多少のことではそれが表に出てこないので他のSOS団員ですら気がつかないこともあるが、俺はそのわずかな変化を判別することができる。
 長門の気分が浮き沈みする理由は様々だ。重大なこともあれば、どうしてそんなことでと驚くような些細なことまで、まあこれは誰だってそうだろう。大多数の人間と同じように、長門も本人にしかわからないような基準で一喜一憂するだけさ。
 長門とかなりの期間を過ごし、どんな時にどういう心境になるのか大抵の場合は察知できるようになったが、そんな俺でもどうして怒ったり喜んだりしているのかよくわからないこともある。しかし、それも事情を聞いてみれば納得することができる。
 以前、長門と本屋に行った時のことだ。その日は確か読み続けているSFの新作が出るとのことで、店に行く前から長門は上機嫌だった。長門によるとそれは三百冊以上も刊行されている海外の小説らしいが、まあ、俺がそれを読むことはないだろう。
 さて、本屋に到着して休日の騒がしい店内で雑誌を立ち読みしながら長門の買い物が終わるのを待っていると、戻ってきた長門が少しだけ不機嫌そうにしていることに気がついた。
「欲しい本が売っていなかったのか?」
「……」
 長門は持っていた紙袋を俺に示して首を傾げた。どうしてそのような疑問を持ったのか不思議なのだろう。
「まあ帰るか」
「……」
 一緒に帰ろうと手を握って、やはり長門は普段と少し違うのがわかった。
「何かあったのか?」
「座っている子供がいた」
 あの店はベンチがいくつか設置されており、座って本を読むことができるようになっている。しかし、そこではなく床に座り込んだりする子供もたまにいるので、長門はそういうマナーの悪さについて腹を立てているのだろう。
「違う」
 左右に首を振る。
「平積みにされた本の上に腰掛けていた」
「そりゃ怒っていいぞ」
「しかもわたしが欲しかった本の上」
 思い出したのか、長門の声にはほんの少しだけ怒りがにじみ出ている。まあ俺にしかその違いはわからないだろう。
「本ごと持ち上げて床に下ろしておいた」
 いきなり持ち上げられて棚から下ろされた子供もさぞや驚いただろうな。まあ自業自得というやつだ。
 そんな風に、一見しただけではわからなくても話を聞いてみれば理由がわかるものだ。


 ここ数日の長門の心境の変化も聞いてみなければならない。昨日までは妙に上機嫌だったのに、今日になって長門はがっかりした様子だ。長門に何があったのか、恋人の俺としては知るべきだろう。
「どうかしたか?」
「……」
 ここ数日、自分が感情を表に出していたという自覚がないのか、長門は不思議そうに首を傾げる。
「いや、今日はなんとなく浮かない様子だからな」
「生理」
「ああ」
 女性にとって、月に一度訪れるあの日というのはあまり心地のいいものではないらしい。それで機嫌が悪くなったりするのは大多数の女性と同じことだ。
 しかし、長門の説明からわかったのは今日のことだけだ。
「それじゃあ、昨日まで上機嫌だったけど何かいいことがあったのか?」
 それに対し、長門はこう答えた。
「数日遅れていたから」
 そうか。