今日の長門有希SS

 物事に熱中しているとその場を動くのが面倒になる。いや、何もしていなかったとしても無闇やたらに移動して回りたいと思うことはないのだが、熱中すると必要な行動すら取りたくなくなってしまうのだ。
 例えば空腹。
 リビングにいた場合、小腹が空いてしまったら何かを探すだろう。食事の時間が近いとか、ダイエットをしている場合は除くが、空腹を感じた時にそれをどうかしたいと思うのはおかしな話ではない。
 しかし、本を読んでいたりゲームをやっていたり、何かに熱中している時には多少空腹になったとしてもそれを我慢してしまう。特にコンピューターゲームは厄介なものだ。ものによっては長時間手を離せなくなるものもあり、動きたくても動けなくなってしまう。
 まあ空腹なら我慢すればいいし、他の誰かに何か食べるものを持ってきてもらうように頼むことだってできる。だからそれは大きな問題ではない。
 しかし、自分で動かなければならない事態も確実に存在する。限界まで我慢できたとしても、いつかはその時が来る。
 重い腰を上げて動き始めるのは得てしてそのピークが来た時である。であるからして、それまで長時間に渡って座っていたりすることが多い。
「く」
 本を置き、小さくうめいた俺を長門が不思議そうに見ている。
「いや、足が痺れてな」
 正座をしていたわけではなく、椅子に座っていたのに足が痺れてしまった。飛行機に長時間乗っていた時にエコノミークラス症候群と呼ばれる状態になるらしいが、それと同じようなものだろう。
「そう」
 長門は何事もなかったように再び本に目を落とす。長門はそんなことかと思ったのかも知れないが、そう簡単なことではない。
長門、なんとかしてくれないか?」
「……」
 首を傾げて俺を見上げる。
「実は尿意があって立ったんだが……」
「わかった」
 長門は本を置いた。そうか、わかってくれたか。
「飲む?」
 いやまて、そういうことじゃない。お前や俺の部屋ならともかく、ここは図書館だぞ。
「肩を貸してくれ」
「あなたとわたしの身長差を考慮すると、それは得策ではない。あなたが痺れた足で歩くのとそれほど差はない」
「そんな……」
 俺はこのまま、この図書館でおもらしをしてしまうというのか。こんなことなら、一区切りするまで読もうなんて思わずに早くトイレに行くべきだった。
 ぽたりと脂汗が落ちる。なんとかする方法はないのか、このまま俺は、長門と二人で通い慣れて係員に顔を覚えられてしまっているような図書館で粗相をするしかないのか!
「大丈夫、わたしに任せて」
 ほっと安堵の息が漏れた。長門がそう言ってくれるなら安心だ、今まで俺は何度長門に助けられたかわからない。
「座って」
「ああ」
 座ったら事態が解決するのだ、俺は安心して長門の隣に再び腰を下ろす。
 さてどうするんだ? 膀胱の中身だけワープさせたりしてくれるのか?
「それは危険。あなたの臓器を傷つける恐れがある」
 じゃ、じゃあどうやって助けてくれるというんだ?
「こうする」
 長門の手が俺の腹部にぽんと手を置く。やめてくれ、振動があると出てしまいそうだ。
「もう大丈夫」
 しかし長門は手を離さず、更に俺の腹をぽんぽんと叩く。しかも尿意は収まっちゃいない。全然大丈夫じゃないぞ。
「あなたの下着は既に成人用紙おむつになっている」
 確かに締め付けられるような感じになったような気がする。
 つまり長門は、
「ここで排泄しても問題ない」
 この場で放尿をしろと言っているのだ。
「ちょっと待ってくれ。そんなこと……」
「問題ない。わたしたちに注目している者はいない、今なら尿を出して体を多少震わせても見とがめる者はいない」
 しかし、そう言われてもだな……
「安心して」
 長門がじっと俺の顔を見る。
「わたしが見守る」
 その瞬間、先端の方が温かくなり――