今日の長門有希SS

 夕暮れ、長門と並んで川沿いの道を歩く。夏なら遊んでいる子供がいたりもするのだが、川辺に人の姿はない。
「寒っ」
 川の方から冷たい風が吹いてくる。
「……」
 長門は表情こそ変わらないが、少しだけ体が強ばっているようだ。涼しい顔をしていても寒いのだろう。
「手でも繋ぐか」
 長門はこくりと首を縦に振る。俺たちはSOS団員や他のクラスメイトにばれないように交際しており、おおっぴらにイチャイチャしたりはできないが、周囲に人がいない状況なら問題はない。
 そっと触れた長門の手は思いの外冷たかった。まあ、外気に触れているよりはましだし、俺が冷たいと感じているということは、長門は暖かく感じているのだろう。
 手が冷たいって時は確か、単純に手を暖めればいいってわけではなかったはずだ。
冷え性は体内の血液が冷えているために起きる。改善するには腹部や首などを暖めるのが効果的」
 別に長門が腹を出しているわけではないのだが、スカートを履いているので露出した足の部分から血液が冷やされてしまうのだろう。長門の部屋に行くまでにはこれ以上の厚着はできないので、しばらく我慢するしかないのだろうか。
「……」
 長門が無言で体をすり寄せてくる。体が密着すると外気に触れる表面積が狭くなり、ほんのりと暖かく感じる。
 いや、面積とかそういう問題ではない。長門と二人、密着しているのがその原因だろう。二人きりの時、特に夜なんかは健全とは少々言い難いような交際をしている俺たちだが、こうして寄り添っていると心から温まるような気がする。
「今日は何か温かい物でも食うか」
「鍋?」
「そうだな」
 こんな日は早く帰って鍋でも食うに限る。鍋は何でも温かいものだが、特に体を温めるような食材があるはずだ。
「キムチ鍋?」
 そうだな。辛い物には血行をよくする効果があり、体もぽかぽかするはずだ。更にキムチにはニンニクなども含まれており、付き合い始めたカップルなどは匂いで敬遠してしまうかも知れないが、もはや交際していなかった時代を思い出せないような俺たちにとっては問題ないものである。
 しかもニンニクはスタミナの源。源素太皆である。夕飯で体力を付ける理由は言わずもがな。
 冷え性の改善には運動をするのが効果的である。熱い鍋を食って激しい運動をすれば、長門の体はもはや冷えとは無縁だ。抜けるように白い雪のような長門の肌がうっすらと赤く染まり、ほんのりピンク色になる。ぽかぽかと温かい長門と一緒に布団に入ると天然の湯たんぽであり、俺まで温かくなるだろう。
 そうだ、寒ければ運動をすればいいのだ。都合のいいことにこのあたりには人気がない。買い物をする前にそこらの陰で、二人で密着して、こう、押しくらまんじゅう的な動きをすればいいのだ。まあ、密着させる部分は少々違うのだが。
 それに、冷たい手で触られるのも新鮮でいい。ひんやりとした手で俺自身を長門になでさすられ、俺の背筋を冷たい何かが駆け抜ける。そして冷たい手でぺちぺちと叩いたりして――
「って、長門?」
 気が付くと握っていたはずの手がするりと抜けており、長門は俺から十メートルほど離れた前方を歩いていた。背中からうっすらと怒りが伝わってくる。
 しまった、せっかくいい雰囲気だったのにぶち壊してしまったので立腹しているのだろう。
 俺は慌てて無言の長門に駆け寄り、どうしたら機嫌を直してもらえるか頭を悩ませるのだった。