今日の長門有希SS

 コタツに入ってのんびりしていると、まるで尻から床に根でも生えたのではないかと思うほど動くのが億劫になる時がある。読んでいる本が一段落したらだとか、何か食いたくなったとか、動かなければならない理由が発生しない限り、腰から下を布団に突っ込んだまま過ごしてしまう。
 俺が動かない理由は他にもある。
「……」
 俺の目の前に置かれた湯飲みに長門が無言でお茶を注ぎ、俺は「ありがとよ」とその頭をなでる。最初にそうしたのはたまたまだったのだが、頭を触られるのが嬉しいのか、長門は俺の湯飲みの中身がなくなりそうなタイミングを見計らってお茶をつぎ足してくれる。
 そんなわけで、俺はここから動くタイミングを逸したまま昼からずっと過ごしている。天板の上には木製の器に盛られたみかんや煎餅などの茶菓子、読んでいる小説の下巻、それに昼に食ったパンの包み紙などがある。俺が読んでいるのは可愛らしい表紙とは裏腹に世界観ががっちり作り込まれたSFモノであり、もちろんそれは長門が勧めてくれたものだ。表紙だけを見た時は長門らしくないなと思ったものだが、読んでみると長門らしいと納得してしまった。いや、長門だってSFしか読まないわけではないのだが、なんとなくイメージという物があるのだ。
「どうかした?」
 顔を見ていたので不思議に思ったようだ。首を傾げてこちらを見ている長門は、本が面白くなくて集中力を失ってしまったと思ったのだろうか。
「なんでもない」
「そう」
 長門は手元の本に視線を落とす。一定のペースで本のページをめくり続ける長門と違い、俺はページによって読むスピードも異なるし、手を止めて物思いにふけることもある。長門はそのことをわかっているので気にせず読書を再開したわけだが、長門のことを考えていたと言ったらどんな反応をするだろうか。
 コタツに入って動かないまま薄暗くなり、長門が立ち上がって部屋の電気を点ける。
 読んでいた文庫本は既に二冊目に入っており、読み始めてからかなりの時間が経過したようだ。本を読み慣れている長門と違って俺はペースが遅い。たまにみかんなどを食ってのんびりとコタツライフを満喫しているから尚更だ。
「……」
 長門がお茶を注ぐ。コタツに入ってどれくらいお茶を飲んだのかわからないが、コタツの上にはポットや茶筒が置かれ、それほど動かなくてもお茶を生産し続けられる状態にある。長門自身はお茶に手を付けるよりも本のページをめくる方が忙しいようで、俺ばかりが飲んでいるのだろう。
 そう考えると、なんだか急に尿意が襲ってきた。もう何時間もコタツに入ったままで動くのが億劫になっていた俺だが、さすがにこれは自分で動かざるを得ない。
 とは思うものの、なかなかコタツからは抜け出せない。尿意はまだ数分程度なら我慢できるものであり、限界まで動きたくないものだ。
 それに、だ。
 限界まで我慢をしてから排泄をすると妙な達成感がある。排泄に限らず、食事だって空腹になってから食った方が美味く感じられるし、睡眠だって限界まで眠くなってから布団に入って泥のように眠るのがいいし、性欲だってそういうものだ。人間の本能に関係するものは我慢した方が後で楽しめるものである。
 やがて限界が近づいてきた。自分の膀胱が満ちあふれている状態が、まるで見ているかのように感じられる。そろそろ、そろそろだ。そろそろトイレに行けば俺は開放感に包まれることだろう。
「……」
 本を閉じて立ち上がる。そしてトイレに向かって部屋を出ていく。
 長門が。
「えっと……」
 その一連の動作があまりにも素早いものだったので、俺は完全に虚を突かれてしまった。声をかける暇すらなく、トイレの錠が閉まるかちゃんという音が俺の右耳から左耳へと通過した。
「ま、待ってく――」
 大声を出そうとすると腹に響く。少しでも腹筋が収縮すると溜まっている尿が押し出されて体外に発散されてしまいそうになる。
 だから、俺は天板に手を置いてゆっくりとコタツから抜け出す。外気に触れて腹が冷やされ、その涼しさにきゅん、と――
 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
 俺は千年に一歩歩く鳥のような鈍重さで立ち上がり、トイレに向かって慎重に歩を進める。尿道の先端を締めるトレーニングをしておいてよかった。常人ならばすでに垂れ流していることだろう。
 しかし、そのトレーニングをしていたために、限界まで我慢できてしまったことも事実であり、そう考えるとトレーニングがより切羽詰まった状況に俺を追いやったことになり、だったら普段から我慢せず精液だだ漏れくらいでよかったんじゃないかと思うわけだが、これほどまでに我慢してからの放尿を考えると俺はその妄想で脳がとろけそうになる。だって後ろの方でプレイする場合、長門は排泄時と同じ快楽を与えられ続けるわけで、普段からは想像できない長門の乱れっぷりを考えると、ここまで我慢してからの放尿はまるで放精を続ける鮭の如き快楽を俺にもたらすはずだ。そうだ。だから、限界を迎えた俺をさしおいて長門がトイレに入ったのは、ともすれば思いやりだったのだ。俺に限界を超えた我慢を強いることで、俺に人知を越えた快楽を与えるために。そうだ。ありがとう長門。でも早くトイレから出てきてくれ。
 トイレの前に到着し、俺はノックをする。
「入っている」
 そうだ。そりゃわかっているさ。でも我慢できないからノックをしているんだ。わかってくれよ。
 その瞬間、トイレの中から水を流す音が聞こえた。よかった。これで俺は救われる。よかった。病気の子供なんていなかったんだ。
 しかし音が止まると、再びまた水の流れる音が聞こえる。大物なのか? 一回じゃ流れないほどの大物なのか? でも俺はそんな物があっても気にしないさ。早く出てきてくれよ、何なら俺のあふれ出るエキスでそれを水洗したっていいんだぜ。
「あなたがドアの外にいるから」
 音消し!? この水を流しているのは、音を消すためなのか!?
 つまり長門が出てくるまではまだ数分の時間が必要である。そう知ってしまった俺の全身から力が抜ける。つまり、それは、あらゆる部分の筋力が弛緩したわけであり――


 そこから先の記憶は俺にはなかった。