今日の長門有希SS

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の続きです。


 まずいと直感してすぐに視線を逸らした。俺があのUFOらしきものを凝視していては、目線を追ってハルヒがそれに気が付いてしまう可能性がある。
 改めて見回すと、周囲は本当にカップルだらけだ。こんなところにいては場違いなのではないかと思ったが、俺たちもカップルらしく振る舞っているので問題はないだろう。いや、高校生やそれ以下の者はあまり見かけないので、年齢的な意味では少々問題かも知れないが、そこまで気にする者もいないらしい。
 さて、どうすればいいだろうか。
 当初、ハルヒはUFOが出そうだからと山に登ると言っていたが、妥協してこの公園に来た。つまり公園というシチュエーションが眼前のあれを呼び寄せた可能性はあるので、素早くここから立ち去るべきである。
「なあハルヒ、いつまでここにいるんだ?」
「え? 決まってるじゃない、目的を達成するまでよ」
 予想できていたが、かなりよろしくない状況である。しかし、本当に何時間でもいるわけではなく、そのような意気込みということだろう。さっと周囲を確認し、あの飛行物体は前方に以外に見あたらないことがわかった。
「ちょっと戻らないか?」
「駄目よ。この先にいい感じの広場があるんだから」
 確かにこういった通路よりも広場などのほうがUFOと遭遇するロケーションとしては最適だろう。ハルヒが無意識でそう願っているのならば、そこに辿り着いてしまうのはどう考えても間違いである。
 今はまだ木々に隠れているが、開けた場所に出てしまえば遮る物がなくなってしまう。そうなればハルヒがUFOを見つけてしまうのも時間の問題。
「どうしてもそこに行くってのか」
「あたしはそこに行くって決めてるのよ。あんたは素直に従ってなさい」
 聞く耳持たず、か。
 現状では俺の方に視線を向けているから大丈夫だが、ハルヒがいつ前を向いてあれに気が付くかわからない。
「まったく、あんたさっきからちょっと変よ? 緊張でもしてるの?」
 ああ、してるさ。
 あんな物を見てしまったら、緊張しないわけにはいかない。ハルヒがUFOを認識してしまえば、UFOが当たり前のものになってしまう可能性が高い。
 こうなったら、多少強引でもハルヒがUFOを見るのを妨害しなければいけない。
ハルヒ、場所なんてどこでもいいだろ?」
「そうはいかないわ。ほら、行くわよ」
 俺の腕を掴んだ手にぐいっと力を込め、前のめり気味に俺の腕を引く。
 まずい。ハルヒの顔が正面を向いてしまった。このままではUFOの存在に気が付いてしまうかも知れない。
「いいからこっちを見るんだ、ハルヒ
 足を止め、ハルヒの肩を掴んで俺の方に顔を向けさせる。
「なによ! あんた、あ……」
 一瞬不機嫌そうな声を出したハルヒだが、なぜかすぐに大人しくなった。多少怒鳴られることを覚悟していたので拍子抜けだ。
 しかし、不思議なこともある。
「……」
 ハルヒが首をすくめるように萎縮して、俺の顔を見上げているのは何事だ? 街灯に照らされたハルヒの顔は不安そうで、寒いのか少々赤らんでいて……
キョン……」
 何かを確かめるように俺の名を呼ぶ。
 ひょっとして、俺は何かとんでもないミスを犯してしまったのではないだろうか。その正体はわからないが、水たまりを回避したつもりでマンホールにでも落ちた気分だ。
 ハルヒが目を細め――


 がさり。


 すぐそばで物音が聞こえた。
 その音で凍っていた時間が動き出し、振り返った俺が見たのは先ほど別れたばかりの他の団員たちだった。


「あちら側の探索が終わってこちらに来たのですが、公園の外から妙な物が見えたもので柵を越えてこちらに来たんです」
 と言うのが古泉の説明だった。指示通りに探索し続けなかった他の団員たちにハルヒは少々不機嫌そうだったが、俺としてはこの状況から救い出してくれて心底感謝している。あのままではUFOをハルヒに見られてしまった可能性があるわけで、それを察知してサポートに来たのだろう。
「ふうん。で、外から見えたのって何?」
「あれです」
 と、古泉は上空を指さした。
「なに……あれ?」
 ハルヒがぽかんと口を開ける。
 って、それは俺がハルヒに見せないようにしていたUFOじゃないか!
アドバルーンです」
 古泉の言うとおり、そこに浮かんでいたのは単なるアドバルーンだ。先ほど見た時は見ていた時間があまり長くなかったし、木々の隙間のせいでよくわからなかったが、じっくり見ると赤と白に色分けされたアドバルーンがライトアップされているだけだった。
 あんなものをUFOと勘違いしてしまうとは……最初からUFOじゃないとわかっていれば、あんな苦労をしなくても済んだわけだ。
「さて、そろそろ時間も遅くなってしまったのですがどうしましょうか?」
「ま、今日のところはもう解散かしら。ここにいるのもばつが悪くなってきたし」
 確かにカップルだらけの公園で高校生五人の集団というのは異様であり、周囲の視線も感じるようになってきた。ここはさっさと逃げるに限る。
「今日は駄目だったけど、まだ諦めてないわよ」
 公園を出て解散した時、ハルヒはそう宣言して去った。
 やれやれ、しばらく苦労は続くらしい。
 溜息をつくと、くいっと袖を引っ張られる感触がした。
「どうした、長門?」
 残されたのは俺と長門の二人だけ。見下ろした俺の顔を長門はじっと見つめている。
「聞きたいことがある」
 はて、どうしたのだろうか。
「わたしたちが合流した時、あなたと涼宮ハルヒは向かい合っていた。あなたにはその状況についてわたしに納得のできる説明をする必要がある」
 どうやら苦労はまだ終わらないらしい。俺はもう一度溜息をついて、最後の一仕事に取りかかった。